要約「スートラ・サムッチャヤ」(4)「大悲」
◎大悲
ボーディサットヴァピタカ(菩薩蔵経)には、まず大悲(衆生を苦しみから救いたいという大いなる哀れみの心)があり、それに続いて菩提心が現われると説かれている。
また、大悲の心を持つ者は、自己の過失を厳しく観察し、他人の過失に対しては寛大でなければならないとも説かれている。
ヴィーラダッタグリハパティパリプリッチャーには、こう説かれている。
「ここに偉大なる覚醒を成就せんと欲する菩薩がいる。彼らは一切の衆生に大慈悲心を起こし、自分の身の回りのことや生活にとらわれるべきではない。
たとえば財産、穀物、家、妻、子供、食物、飲み物、衣服、馬車、家具、香水、香、花などにとらわれを持ってはならない。
なぜならば、たいていの衆生は、彼らの身の周りの品や生活にとらわれ、悪業を作り、悪趣に落ちるのである。
もし彼らに対して大悲の心を発するならば、菩薩は自分の身の周りの品や生活にとらわれず、喜びが生じ、一切の衆生に思いを向け、布施等の一切の善法に精進するのである。
菩薩は大悲をもってその本性とするのである。」
また、ラトナメーガ(宝雲経)には、次のように説かれている。
「菩薩が十の法を具足するとき、大悲をもってその本性とするのである。十の法とは何か。
①衆生の苦悩、保護する者のいない人、救済されない人、帰依するよりどころのない人などを見て、菩提心を起こす。
②菩提心を起こすことで、衆生のためにダルマターを得るために努力し、精進し、あらゆる難行に着手する。
③ダルマターを得て、実際にもろもろの衆生に利益を与える。
④貪欲な衆生たちに布施行を行なわせる。
⑤戒を破る者たちには戒を守らせる。
⑥心が傷ついている人には忍辱を行なわせる。
⑦怠け者には精進させる。
⑧心が乱れている人には禅定をさせる。
⑨悪知恵を持つ人を見たときには本物の智慧を持つように勧める。
⑩衆生の苦悩ははかりしれないので、誹謗され妨害されても、菩提行から退かない。
菩薩がこれらの十の法を具足するとき、彼は大悲をもってその本性とするのである。」
ダラニーシュワララージャパリプリッチャー(ダラニ自在王問経)には、こう説かれている。
「ああ、これらの衆生は、大いなる輪廻の奴隷である。すなわち、彼らは妻や夫や子供に愛著し、自由がなく、自己を向上させない人たちである。
そのような彼らを、自由で、自己の向上を喜ぶところに赴くようにさせるために、彼らに法を説こうとして、衆生に菩薩の大悲を起こすのである。」