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ある若い修行者へのブラフマーナンダの助言(1)

ある若い修行者へのブラフマーナンダの助言

 君が『神はあそこにおいでだ』と考えている間は、君は平和を見出だすことはできない。(自分のハートを指して)彼はここにおいでだということを知り、また感じることができたときに初めて平和を見出だすだろう。
 
 あちこちさまよい歩くことがなんの役に立つのか? 君は幾百人というそんな遍歴僧を見てはいないのか? 彼らが何を成就しているというのだ? 君も彼らのようになろうというのかね? スワミジ(スワミ・ヴィヴェーカーナンダ)は君たちに、あんな遍歴僧のようにはなってもらいたくないと思ったのだ。彼はこの僧院を、一つの偉大な目的をもって建設したのだ。そしてそれは、神を悟るということだ。そのことをよく考えて、君本来の人生を生きるように努め、それにふさわしいように人格を形成し給え。たった一人の人のたゆまぬ修行が、一つの僧院に聖なる波動をみなぎらせることもできるのだよ。

 おお、シュリー・ラーマクリシュナがドッキネッショルの寺院に住んでおいでになったときには、なんという素晴らしい霊的雰囲気があそこに満ちていたことだろう! 我々のボートがあの上がり場の階段のところに着いた瞬間に、我々はまるで本当の天国に着いたかのように感じたものだった! 
 またなんという深い愛で、我々兄弟弟子たちは結ばれていたものだろう! 君たちの間には、そういう暖かい関係がない。修行者は心が優しくないといけない。誰に向かっても、決して粗い言葉を吐いてはならない。
 ああ! わたしはヴリンダーヴァンで会ったある修行者を思い出す。彼は毎日決まって寺院に来ていた。ところが数日間来なかったので、わたしは寂しく思った。彼が再び顔を見せたとき、そのわけを尋ねた。彼は、足を痛めたのだと言った。ある日人ごみの中で他の信者の足が彼の足に触れて、彼は一時動けなくなったのである。彼のその出来事の説明の仕方にわたしは深く心を打たれた。どこかの不注意な人間に踏みつけられたのだ、などとは決して言わなかったのである。彼にとってはあらゆる足は主の御足、主がご自分の御足を彼の足の上にお置きになったのだ!
 もし君たちがみな優しくなってハートに愛を抱くことができさえしたなら、偉大な調和が現われるだろう。主を、君たちみなの愛の中心としなければいけない。

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