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ライトエッセイ す・・・スメーダまたはスミッター

ライトエッセイ

す・・・スメーダまたはスミッター

 遥かな昔、スメーダという名の修行者がおりました。
 その時代、地球には、ディーパンカラという名の如来が降誕していました。
 あるとき、スメーダが住む国の都に、ディーパンカラ如来がやって来ました。
 人々はディーパンカラ如来の御足が土で汚れないようにと、我先に、自分が来ていた服を地面に敷いて、その上をディーパンカラ如来に歩いていただこうとしました。
 するとディーパンカラ如来は、神通力によって、その道を泥の道に変えてしまいました。
 人々は、自分の服を敷くのを躊躇するようになりました。泥の上に服を置いたら服が汚れてしまうからです。
 これを見たスメーダは、心に思いました。

「都の人々は愚かであって、正しい分別がない。衣を敷かねばならないところに敷かないとは。」

 そしてスメーダは躊躇することなく、自分の着ていた服を泥の上に敷きました。しかしそれだけでは如来が通る道を覆うのに足りなかったので、スメーダは束ねた髪の毛を解き、それを泥の上に敷いたのでした。スメーダはブラーフマナであり、その当時のブラーフマナの規則として、長い間髪の毛を切ることなく伸ばしていたので、その長さはディーパンカラ如来に歩いていただくのに十分な長さがありました。
 
 ディーパンカラ如来は、スメーダの誠実な心と、過去世から積み上げてきた善根を見、その髪の毛の上を踏んで歩くと、スメーダに言いました。

「青年よ、立ちなさい。汝は未来際において、数え切れないほどの無量のカルパを過ぎた後、釈迦牟尼如来というブッダ・世尊となるであろう。」

 そう言うとディーパンカラ如来は、今度は後ろを振り返り、弟子たちに言いました。

「汝らは、この青年の髪の上を踏んではならない。なぜならば、これは菩薩の髪である。菩薩ではない修行者や解脱者がその上を踏むべきではないからである。」

 
 ところでスメーダはこのとき、ディーパンカラ如来に花を供養したいと思っていました。しかし都中どこを探しても、花を手に入れることはできませんでした。なぜなら、この国の王が、自分だけが如来に花を供養する功徳を独り占めしようとして、都中の花を買い占めていたからでした。

 するとそこへ、手に八本の蓮華の花を持ったスミッターという名の娘があらわれました。彼女は王が花を買い占めていた事情は知りませんでしたが、父の庭園に咲いていた蓮華の花を摘んで、たまたま持っていたのでした。

 スメーダは彼女に事情を話し、ディーパンカラ如来に供養したいのでその蓮華の花を譲ってほしいと頼みました。スミッターはスメーダに愛と信仰心を抱き、五本をスメーダの供養のために与え、そして三本を自分が如来に供養する分としてスメーダに託しました。そしてこのときこの娘は、

「願わくば、この供養によって、今後、たとえどこに生まれようとも、常にスメーダ様と共にあれますように。」

という願いを立てたのでした。

 さてこの後、スメーダは遥かなる長い間、何度も生まれ変わって菩薩の修行を続け、ディーパンカラ如来の予言通り、ついに釈迦牟尼如来となって降誕したのでした。

 そしてスミッターも、誓願通りにひたすらスメーダと共に何度も生まれ変わってスメーダに献身し続け、スメーダがシッダールタ王子として降誕したとき、彼の妻のヤショーダラーとなりました。そしてシッダールタ王子が出家し、修行を成就して釈迦牟尼如来となった後、彼のもとでヤショーダラーも出家し、解脱し、偉大なる聖者となったのでした。

 そのヤショーダラーが、かつての誓願通りに何度もスメーダ(後のお釈迦様)と共に転生し、いかにその身をささげ、尽くしてきたかを、自らこのように語っています。

「数千億回、あなた(スメーダ=お釈迦様)を助けるために、わたし自身を捧げました。あなたのためなら、わたしは悲しくはありません。マハームニよ。
 数千億回、わたしの命を献上いたしました。
 財産、食物、村、町、田畑、子供も献上いたしました。マハームニよ。
 象、馬、牛、また召使いなど、あなたのために献上したものは限りがありません。偉大なる勇者よ。
 数々の輪廻の中で、様々な多くの苦しみを、あなたのために享受したことは限りがありません。偉大なる勇者よ。
 安楽を得ても喜ぶことはなく、苦しみの中でも悲しむことはなく、どこにいても、ただあなたのために取り計らいました。マハームニよ。」

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