yoga school kailas

(9)「真髄へのアプローチ」①

第九章 真髄へのアプローチ

 このようにしてあなたが菩提心を活性化したならば
 密教の修行の奥義・秘伝である、
 生成と完成のステージに入っていくことができます。

 密教は多くのテクニックを提供し、そこには苦難が伴ないません。
  
 追求されるべき根源的・究極的な意味の真理は、
 顕教においても密教においても同じですが、
 それを悟るための方法については、
 密教ではとても明解な方法として、
 四つのアプローチ(クリヤー、チャリヤー、ヨーガ・タントラ、無上ヨーガ)が説かれています。

 時代(クリタ・ユガ、トゥレータ・ユガ、ドゥワパラ・ユガ、そして現在の暗黒の時代カーリー・ユガ)、
 社会的な立場(ブラーフミン、君主、主権者、部族民、または一般民)、
 智慧(光沢のない智慧、平凡な智慧、光り輝く智慧、とても光り輝く智慧)、
 といったそれぞれの条件に応じて、対応する修行があります。

 クリヤー・タントラは、沐浴や、重要な浄化の儀式を教えます。

 チャリヤー・タントラは、身・口・意における重要な修行を教えます。

 ヨーガ・タントラは、身・口・意の修行のうち、特に精神的な瞑想に重点を置きます。

 無上ヨーガは、儀式的な要素を最小限に引き下げ、
 ありふれた身・口・意の行為への先入観に巻き込まれずに、
 また主体・客体の区分に頼らずに、
 究極の意味の真理、心の本性の純粋なる光輝へ直接アプローチする方法を教えます。

 また、クリヤー・ヨーガ、チャリヤー・ヨーガ、ヨーガ・タントラの三つは、
 ブッダによって説かれた顕教的な戒律や瞑想の発展形です。

 しかしそれらの修行においては、
 相対的な二極の結合を、瞑想によって養うことができません。
 この段階の修行者は、浄化の儀式に依然として夢中なままなのです。
 
 またこの段階では、五種類の肉、五種類の甘露などの、密教的要素は使いません。

 無上ヨーガ・タントラにも、三種類あります。

 それは「父タントラ」「母タントラ」「最高の非二元タントラ」の三つで、
 これらはそれぞれ主に、生成のステージ、完成のステージ、そして生成と完成の非二元性のステージと対応しています。

 それ故にそれらは別名、
 マハー・ヨーガ(偉大なるヨーガ)、
 アヌ・ヨーガ(マハー・ヨーガに続くヨーガ)、
 アティ・ヨーガ(超越的ヨーガ)とも呼ばれています。

 これら無上ヨーガ・タントラの瞑想においては、神々が抱擁しあったり、性交している観想を行なうこともあります。

 無上ヨーガ・タントラの修行者は、物事において浄・不浄の区別をせず、すべては真理の顕現としての一つの曼荼羅として、すべてを見、すべてを平等の価値と見ます。

 クリヤー・ヨーガでは、神を讃え、自分は神の召使であるという関係によって、恩恵を受けます。

 チャリヤー・ヨーガでは、自分自身を神の親友として見ます。親友のように信頼し合っている存在として神を見なすことによって、恩恵を得ます。

 ヨーガ・タントラでは、水に水を注ぐように、神と一体化するプロセスに入ります。
 神と一体化することで二元性を超えるプロセスに入っていくわけですが、
 この段階ではまだ、実際には様々な二元性が残っています。

 マハー・ヨーガでは、生成のステージのテクニック、五大元素のエネルギーやプラーナのコントロールが最重要視されます。

 アヌ・ヨーガでは、完成のステージにおける至福と空の悟りの経験が最重要視されます。

 アティ・ヨーガでは、主体・客体の二元性を超えた純粋意識が最重要視されます。

 しかしこのマハー・アヌ・アティの三つのヨーガで経験される状態は、実は無始の過去から、私と他の衆生が、もともと経験し続けているものなのです。
 私と他の衆生は、最初から、今も、これからもずっと、実はブッダフッドの境地にいるのです。
 それを悟り、今自分が真実であると錯覚して作り上げている精神的・物理的世界を、輝かしい曼荼羅へと変容するために、
 これらのさまざまなステージの修行に励んでください。

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