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「罪の浄化のために」

◎罪の浄化のために

【本文】
「金剛心荘厳」の中に、

「すべての仏陀の唯一の御身が、白蓮華と月の中心に住して
ヴァジュラとヴァジュラベルによって荘厳されたヴァジュラサットヴァを良く対象にして
百字真言を儀軌(ぎき)の通りに二十遍念誦する事は
祝福によって、堕罪等が増えることにならないと
最高の行者によって述べられているから、余暇に行なうべきである。
十万遍念誦するならば、正しい自分となる。
このように、余暇にヴァジュラサットヴァの瞑想によって、百字真言を絶え間なく念誦したならば、堕罪は増えないし、十万遍念誦したならば諸々の罪が清浄になると、最高の成就を得た人々はおおせになっていらっしゃるから、そのようにすべきである。」

と説かれているから、ヴァジュラサットヴァの瞑想と念誦をすべきである。その次第は次の通りである。

 これはちょっと書き方が分かりにくいかもしれませんが、ヴァジュラサットヴァのマントラを唱えること。そして、それとともにヴァジュラサットヴァの瞑想をすることね、それを日々行ないなさいと。そしてそれが十万回に達したならば、つまりマントラを十万回唱えたならば、もろもろの罪が浄化されるんですよと。つまり過去に積んださまざまな罪が浄化されると。

 もちろんみんなはよく分かってると思うけど、マントラ唱えたからそこで「はい、浄化終わり」じゃないよ、もちろん(笑)。浄化の条件が整ったって考えたらいいかもしれない。その後にいろんな苦しいことがあって浄化されるかもしれない。とにかくそのマントラの力によって、自分の中にこびりついてる過去の悪いカルマみたいなものがちょっと剥がされる感じだね、イメージでいうと。普通は剥がされない。ずーっと根付いてて、なかなかそれが取れないから、どんどん心っていうのは悪くなっていく。で、このマントラの力によって剥がされます。その後、苦しいことが起きるかもしれない。で、そこでしっかり耐えたりすることによって、完全に浄化されるって考えたらいいね。あるいは修行の力によって、完全に浄化される。とにかく十万回によって、過去の罪は浄化されますよと。

 で、その十万回唱えていようと唱えていまいと、どちらにしろ日々このヴァジュラサットヴァのマントラを唱えたり、あるいは瞑想をすることはやりなさいと。ここでは二十遍って書いてあるけど、まあだいたいそうですね、よくいわれるのは二十一回っていわれる。チベット仏教とかは七の倍数をよく使うので、二十一って使うんだけど。一日最低――つまり例えばヴァジュラサットヴァじゃなくて今わたしは他の修行をメインにやってるんですっていう人でも、最低二十一回は唱えろっていうことだね。それによって、気づかないで犯しちゃってる罪とか、そういう日々の小さな罪が浄化されますよと。

 だから、一日何も唱えないっていう日はなしにして、今メインは違う修行をやってたとしても、必ず二十一回は唱えると。あるいはもし暇な時間とか、特に何の修行とかもやってないときがあったら、暇を見つけてこのヴァジュラサットヴァを唱えたり、ヴァジュラサットヴァの瞑想をしなさいというのがここのところですね。

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