解説「自己の明け渡しのヨーガ」(1)

2022年9月4日
解説「自己の明け渡しのヨーガ」
今日は『日々修習する聖者の智慧Ⅳ』の「自己の明け渡しのヨーガ」という新しいところに入りますね。はい。これはシヴァーナンダ。ラーマクリシュナの弟子のシヴァーナンダじゃなくて、近代のリシケシの聖者だったシヴァーナンダの作品ですね。
つまりこれはバクティヨーガの、特に自己の明け渡しっていう部分についてシヴァーナンダがまとめてる作品ですけど。
何度か言ってますが、このシヴァーナンダっていう人は、三百冊ぐらい本を書いたのかな。まあ、なんていうかな、教えを文章としてまとめる能力がすごくあったんでしょうね。三百冊ぐらい本を書いたんだけど。何度か言ってるけどね、この人の本って、なんていうかな、いろんな、まあ聖典とか。あるいは聖者とかの言葉の引用が多いんですね。まあ、皆さんも読んでるとね、「あれ?」って、見たことあると思うのが多分よく出てくると思う。特にラーマクリシュナとか、あとヴィヴェーカーナンダとかの言葉も結構多いんですね。で、面白いのは、それを、なんていうか、引用とか別に書いてないんだね。普通はさ、なんとかなんとかって言葉があって、カッコして(ラーマクリシュナ)とかね(笑)、「『ラーマクリシュナの福音』より」とかいろいろ書くと思うんだけど、そういうのも特になく、ただいろんな聖者や聖典の言葉でまとめられている。
はい。だから、シヴァーナンダ自身の気付きとか悟りももちろんあるでしょうけど、多くのインドのさまざまな叡智っていうかな、それをまあ、まとめることに長けてた人っていう感じがしますね。
自己の明け渡しのヨーガ Ⅰ
スワーミー・シヴァーナンダ
1.自己の明け渡しは、神を悟るための、ダイレクトで効果的な方法である。
2.自己の明け渡しは、神を悟る簡単で確かな手段である。
3.自己の明け渡しは、神を悟る安全で確かな手段である。
4.主への明け渡しなくして、何も達成することはできない。
◎技法
5.あなた自身を明け渡し、至高なる存在の御足にあなたのすべての所有物を明け渡しなさい。神への浄信に傾倒する人生を送りなさい。
6.あなたのものは何もなく、すべては神のものなのだと思いなさい。これが神への明け渡しである。
7.神に代理人の権限を与えなさい。「彼」が望むままに、「彼」に行なっていただきなさい。心配や不安はなくなり、あなたは穏やかになるだろう。
8.明け渡しとは、強烈な愛と信仰を含んでいる。
9.明け渡しは完全でなければならず、「自分のもの」という要素を一切持ってはならない。
10.存在全体、心、知性、チッタ(意識)、そしてエゴイズムを、主に明け渡さなければならない。
11.欲望とエゴイズムは、自己の明け渡しにとっての二つの大きな障害である。
12.もし、心が「わたしは汝である、主よ」と言うのならば――もし、
エゴが「わたしは最高裁判官にならなければならない」と言うのならば――もし、知性が「わたしは偉大な信者である」と言うのならば――もし、チッタ(意識)が「わたしはシッディ(成就)に到達しなくてはならない」と言うのであれば――これは完全なる無条件の明け渡しにはならない。これは内なる支配者であり、目撃者である主を欺いているだけである。
13.主にすべてを明け渡したら、たとえ何か障害が起きても、不平を言ったり、思い悩んだり、苛立ってはならない。「ああ主よ、あなたには見る目がなく、慈悲もない」などと、不満を訴えてはならない。もしあなたが不満を訴えれば、そのあなたの明け渡しは何の意味も持たない。
はい。こういう感じでバーッと箇条書きでいろいろまとめられてますが、パッと見ていくと――
「自己の明け渡しは、神を悟るための、ダイレクトで効果的な方法である。」
ここではさ、バクティヨーガの教えがもちろん多く説かれてるから、「明け渡し」っていう言葉は、もうひたすらいろいろ出てきますよね。それはまあ、分かったような分かんないような感覚があるわけですけど、それをまあシヴァーナンダはここで、さまざまな言葉を使って明確化しようとしてる感じですね。明け渡しこそが、神を悟るためのダイレクトで、そして効果的な方法であると。
「自己の明け渡しは、神を悟る簡単で確かな手段である。」
そして、
「安全で確かな手段である。」
ちょっとまとめると、ダイレクトで効果的であると。簡単で、そして安全で、そして確かであると。そしてそれなくして、つまり、
「主への明け渡しなくしては、何も達成することはできない。」
はい。これがまあ総論みたいな感じだね。
そしてまあ、技法っていうところに入りますが。
「あなた自身を明け渡し、至高なる存在の御足にあなたのすべての所有物を明け渡しなさい。神への浄信に傾倒する人生を送りなさい。」
はい。これも総論みたいなものですけどね。まあ、もちろんさ、ここで「至高なる存在の御足にあなたのすべての所有物を明け渡しなさい」って書いてあるけど、だからといって別に皆さんが、例えばグルとかに自分の持ち物全部持ってこなきゃいけないってことではないけどね。いつも言うように現代の日本っていうのは、物にあふれ、それが、なんていうかな、ベーシックな状態になってるから、別に皆さんが家でいろんなものを持ってても全く問題ないんだけど。ただそこに所有意識を持ってはいけない。うん。これはすべて神のものだと。神に明け渡したものであるという意識を持っていればいいと思うね。
そしてもちろん物だけではなくて、あなた自身、つまり自分自身を明け渡す。ただ、この明け渡しっていうのは、これ、いろんなことが連ねられてるけど、結局は自分で常に考えていくしかないんだね。「明け渡しっていったいなんなんだろうか?」と。「わたしはほんとに明け渡しているんだろうか?」と。そういう自問自答がやっぱり大事ですよね。
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