解説「ミラレーパの十万歌」第二回(2)
【本文】
彼女は喜び、このことを知らせに中に戻り、宴会中のすべての人々に対して、この喜ばしいニュースを告げました。
「皆さんは、遠くに住んでいる名高いヨーギーについて話していましたね。その人が今、戸口に立っています。」
皆は、戸口に押し掛けました。ある者は礼拝し、ある者は様々な質問をしました。彼が本当にミラレーパであることがわかると、中に案内して、大きな敬意と称賛を示し、食事を供養しました。
シンドルモという、若くて金持ちの女主人が、ミラレーパをもてなして、尋ねました。
「尊師よ、これからどこへ行かれるのですか?」
「わたしは、瞑想修行のために、ラシの雪山へ行くところです。」
「どうか、テルーン・ジュームーに滞在して、この地を祝福して、わたしたちに恵みを与えてください。必要な食事は、私たちの方ですべてご用意いたしましょう。」
客の中にシャジャ・グナという教師がいて、ミラレーパに言いました。
「もし寛大にも、ここ霊の谷テルーン・ジューモーにとどまっていただけるなら、それはあなたにとっても我々にとっても、利益となることでしょう。わたしはできる限りの奉仕をいたしましょう。」
また別の男がこう言いました。
「偉大なヨーギーにここにとどまっていただけるなら、なんと素晴らしいことでしょう!
わたしは立派な牧場を持っていますが、悪魔たちや霊たちが、大胆にも昼間からあらわれるようになりました。彼らは邪悪で、わたしでさえ、もうそこへは近づきたくありません。
どうかお願いです。今すぐにでもそこを訪れてください。」
すべての客もジェツンに礼拝して、そうしてほしいと嘆願しました。
ミラレーパは答えました。
「では、すぐに行こう。しかしあなたの農地と家畜のためではなく、わがグルへの敬意のために。」
はい。まあ、ここら辺は読んで分かると思いますがね、書いてあるとおりの物語ですが、ちょっとここで一つ、「さあ、われわれの土地を守るために悪魔からわれわれを救ってください」とミラレーパにお願いすると。で、ミラレーパはそれを受けるわけだけど、そこで言った一言が、「では、すぐに行こう。しかしあなたの農地と家畜のためではなく、わがグルへの敬意のために。」
これは、なんていうかな、良い悪いの話じゃなくて、ミラレーパの性格っていうかな、ミラレーパの一貫した態度があるんだね。それは、全く民衆に媚びません、ミラレーパは(笑)。媚びるっていうと言葉が悪いけど、普通さ、例えば人々を救いたいと思ったら、まずあえて下手に出たりとか、あるいはちょっと相手の気持ちを尊重するようなことをするよね。つまり、「ああ、そうなんですか」と。「いや、ほんとに皆さん頑張ってますね」と(笑)。例えばね(笑)。でもミラレーパはそういうことをしないんです。それどころか、もう、なんていうかな、ストレートすぎるんだね。例えばこの物語じゃないけど、いろんな場面でね、もうはっきりとですよ、「あんた地獄に行くよ」と(笑)。「そのままじゃ地獄だ」と。「無智だから分かんないんだ」と(笑)。もうバンバン言いまくってる(笑)。あんまり気遣いがないっていうか。そういうタイプの人なんだね(笑)。それはいい悪いじゃないよ。それは彼のタイプだからね。しかし大人気なんです(笑)。それは彼の徳とも言えるし、まあ、なんていうかな、使命とも言える。つまり彼はそういうタイプなんです。だからと言って、それは誰でも真似できることじゃないよ(笑)。それぞれのタイプもあるし、それぞれの使命もあるからね。特に現代みたいな、プライドが高い人が多いね、例えば現代の日本とかでそういうことをやってたら(笑)、誰も来ないよね。例えばヨーガ教室やって、無料体験に来た人にね、「ああ、あなたカルマ悪いね」と(笑)。
(一同笑)
「ああ、地獄だね」と(笑)。
(一同笑)
「まあ、全力で十年ぐらいやれば大丈夫かな」とか言ったら、「いや、もういいです」ってなっちゃう(笑)。だからね、救済者のスタイルっていうのは、やっぱり時代とか使命によって全然違ってくる。でも何度も言うけど、ミラレーパはこれでオッケーだったんです。つまりこれが逆に言うとミラレーパの使命だった。つまりそれだけの、なんていうかな、非常にストイックな生き方をして、そして決して、教えを説くときも妥協しない。もう真実を言いまくるというか。
あるいはミラレーパは――まあチベットのね、修行者とか聖者って、そうですね、いろんなタイプがいるわけだけど、多くの師につくタイプがいる。まあ、そっちの方がどっちかというと普通です。チベットの修行者って結構いろんな師に付くんだね。その中でも根本的な第一の師っていうのはいるんだけど、でもいろんな師に教えを聞きに行って、自分の智慧とか知識を高めていくんだけど、このミラレーパっていうのはそうじゃなくて、ただ一人しか師を持たないタイプだったんだね。これはナーローパとかもそうだけども、ミラレーパにとってはもうマルパだけでいいと。ほかの人は――もちろん尊重はするけども、「わたしにはマルパしかいない」と。で、マルパ以外絶対誰にも礼拝しなかったと(笑)。つまり普通ね、偉大なほかの宗派の師とかやってきたら、まあ礼拝したりするわけですよ。でも誰にもしない(笑)。どんな偉大な人が来ても絶対頭下げない(笑)。マルパだけなんです(笑)。すごい極端な、一見すると頑固にも見えるくらいの人だったんだね。それはいい悪いは別です。それがミラレーパだったんだね(笑)。
だからここもそういうところが伺えるね。だって普通はこんなこと言う必要ないじゃないですか(笑)。「じゃあ皆さんのために悪魔を追い払ってあげましょう」って言えばいいのに、「君たちのためじゃないよ」と(笑)。「我がグルへのために行くんだ」と。でもそれがまあミラレーパなんだね。こういうところもとても、なんていうかな、愛すべき、素晴らしい聖者だね。
【本文】
「行くと約束してくださるなら、それで十分です。では、最高の食事と、出発の準備を整えましょう。」
ミラレーパは言いました。
「わたしは隠遁地に住み、独居に慣れているので、連れの者もよい食事もいりません。ただ、ご親切な申し出には感謝します。
まず一人でそこへ行きます。その後で来て、どうなったか見てください。」
さて、ミラレーパが山の裾野につくと、「人ではないもの」たちが、恐ろしい幻影を作り出して妨害しました。天にもとどきそうな山頂へ至る道は、上下左右に揺れました。激怒した雷がとどろき、天を裂く稲妻が全域を打ち、一帯の山々はふるえました。川は突然激流となり、谷間を広大な湖に変えました。のちにそれは「悪魔の湖」と呼ばれました。
ミラレーパが立ち上がってあるしぐさをすると、ただちに洪水はしずまりました。
続いてミラレーパは、谷間の低いところへ行きました。悪魔たちは、土砂降りの雨のように岩を降らせて、山々を両サイドから遮断しました。そこで山の女神が、山並に沿って走る蛇のような道を、ジェツンのために作りました。のちにそれは「山の女神の道」または「ダーキニーの尾根」と呼ばれました。
すべての小悪魔たちは屈服しましたが、より大きく力強い悪魔たちは、自分たちの失敗に腹を立て、新たな攻撃を行なうために、「山の女神の道」の端に集まりました。
ミラレーパは、自らの心に集中し、悪魔たちを征服するために、別の神秘的なしぐさをしました。すると突然、すべての悪しきヴィジョンが消えました。そしてミラレーパの立っていた岩には、彼の足跡が残されました。
はい。これも読んだとおりですが、つまり悪魔たちがまあ実際にね、いろんな物理的な攻撃をしてくるわけだね。で、それに対してミラレーパが神秘的な力で――小悪魔たちに関してはまずしっかりと征服してしまったと。
悪魔っていう場合、いろんなパターンがあります。で、なんていうかな、魔的なものっていうのは、まあ、それは心の現われに過ぎないっていう人もいますが、もちろん単なる心の現われの部分もあるんだけど、こういう、ほんとに意志を持った生き物としての悪魔もいっぱいいます。つまり実際の霊的なそういう存在だね。で、それにもね、段階がいろいろあります。最高の悪魔はこれはいわゆる仏教とかでマーラって言われるやつで、このマーラっていうのは天の王なんだね。
これも何回か勉強会で言ってるけど、天の一番最高の世界にいるのがマーラと言われます。なんで天の王がマーラなんだっていうと、分かると思うけど、天でさえ輪廻の世界だから、輪廻の一番上にいるっていうことはつまり輪廻を支配してるやつなんだね。つまり輪廻を支配するイコール悪魔なんだね。つまり魂をこの輪廻に結び付けて、なんていうかな、そこから脱出させないようにしてる。これが天の最高の存在であるマーラなんだね。で、これはもう一番位の高い悪魔なんだけど、そうじゃなくてここで出てくる魔っていうのはもうちょっと低い、まあ霊的な存在ですね。で、それは普通にこうウヨウヨいる。つまり霊っていうのは、まあいつも言うようにその辺に普通にいるわけです。で、この霊の中にもいろんな霊がいるんだね。
つまり単純にカルマが悪くて霊の世界で苦しんでる霊もいれば、じゃなくて、ここに出てくるみたいにある程度自由があって、フワフワと浮遊しててね、ただ悪しき心を持ってるんで、修行者とかの邪魔をする悪魔たちもいる。で、ここで出てくる悪魔っていうのはそういった悪魔だね。霊的な存在。邪悪な心を持った魔的な霊的な存在。
で、この悪魔っていうのは、つまり一つは、そうですね――修行者にとって悪魔のデメリットを言うならば、まあ、二つあります。一つは精神的な問題。これはつまりその修行者の精神に入り込んで、いろんな意味で修行者の修行を邪魔するんだね。これは何回か言ってるように、一番隙になりやすいのが性欲です。つまりスワーディシュターナ・チャクラだね。ここが一番突かれやすい。つまり性欲とか、あるいは、なんていうかな、異性間の感情みたいなところに一番悪魔はつけ込みやすい。でもまあそれだけじゃないんだけど、いろんな、プライドなり、あるいは貪りなり、いろんな心の隙を狙って悪魔が入り込んで、非常に巧妙なかたちで修行の邪魔をする。で、いつの間にか、なんか煩悩で頭がいっぱいになってるとか。これが一つの悪魔の妨害だね。
で、もう一つの悪魔の妨害は、まさにここに書いてあるように、もう物理的妨害です(笑)。実際に嵐を起こすとか(笑)、地震を起こすとか、こういうことも実際にやってくる。で、ミラレーパはもちろん、なんていうかな、もう精神的には悪魔にやられてしまうような段階ではない。もうそんなものは乗り越えている。しかしここにおいて、その物理的なね、悪魔の障害との戦いが描かれてるんだね。で、まあここを見ても分かるように、全く格が違うわけです。ミラレーパが神秘的な力を使えば、全くその悪魔などはもう問題じゃないっていうかね。
はい。で、ここの最後に、「足跡が残された」ってあるね。これはよくミラレーパの話で出てくるんだけど……ミラレーパの神秘的な力の一つの表現として出てくるんです。岩に足跡が残るんです(笑)。つまり岩って固いじゃないですか、固いから普通足跡なんて残んない。でも岩をグッとこう踏むと足跡が残るんだね。で、まあ、現代でもそのミラレーパの足跡がチベットのいろんなところに残ってると言われます。ほんとかどうかは別にしてね。伝説的にそういうふうに言われています。
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