解説「ミラレーパの十万歌」第三回(13)

◎純粋さ
ドゥンバル・シャジャグナは、ミラレーパに礼拝して言いました。
「このような大雪の中で、ジェツンが無事で、私たちがあなたとともに安全に村に戻れたことは、本当に驚くべきことであり、喜ばしいことです。
弟子たちが皆、グルに会えるとは、なんという幸福でしょう!
もしこの訪問の土産として、この冬の瞑想体験に基づいて、ダルマを説いてくださるなら、私たちは深い感謝と喜びを得るでありましょう。」
ミラレーパは、シャジャグナのリクエストに答えて、ニャノンの弟子たちへの土産話として、「瞑想経験の六つのエッセンス」の歌を歌いました。
三つの完成をそなえた、わがグルに礼拝いたします。
この夕べ、わが弟子シャジャグナと後援者ドルモの願いにより、
常に人里離れた要塞に住むわたし、ミラレーパは
瞑想中の経験を語る。
純粋な誓いが、この出会いを可能にした。
純粋なダルマの訓戒が、わたしと後援者たちを結びつけた。
息子たちよ。わたし、父は、到着の土産として、
あなた方の求めたものを布施しよう。
はい、ちょっと時間がないんでね、パッパッと思いついたところだけ解説していきますが、
純粋な誓いが、この出会いを可能にした。
純粋なダルマの訓戒が、わたしと後援者たちを結びつけた。
やっぱりね、いつも言うけども、一番大事なことって何かというと、やっぱり真理とか、あるいは神とかに対する誠実さ、純粋さね。これがやっぱり一番大事かなって思うね。つまりその純粋な気持ちで教えを守る。あるいは教えどおり生きる。あるいは常に神とかブッダを思うと。あるいは師について行くと。このような純粋さがあれば、それがのちのちに生むものっていうのはやはり大きいんだね。
で、つまりここで言ってるのは、例えば過去とか過去世において、この信者たちがね、あるいはミラレーパ自身もそうだけども、純粋な誓いをしっかりと守り、そして純粋な心でダルマをね、教えをしっかりと守っていたと。それが巡り巡って、今、このような素晴らしいミラレーパという聖者と信者たちの、まあ、つながりをもたらしてるんだということですね。
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