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聖者の生涯『釈迦牟尼如来』(7)

 また、ゴータマは、縁起の法を順逆両方からよく思索しました。すなわち--

無明があることによって行がある。
行があることによって識別作用がある。
識別作用があることによって名色がある。
名称と形態があることによって六処がある。
六処があることによって接触がある。
接触があることによって感受作用がある。
感受作用があることによって渇愛がある。
渇愛があることによって取がある。
取があることによって生存がある。
生存があることによって生がある。
生があることによって老いと死、愁・悲・苦しみ・憂・悩が生ずる。

しかし無明を残りなく滅すれば、行も止滅する。
行が止滅すれば識別作用も止滅する。
識別作用が止滅すれば名色も死滅する。
名色が止滅すれば六処も止滅する。
六処が止滅すれば接触も止滅する。
接触が止滅すれば感受作用も止滅する。
感受作用が止滅すれば渇愛も止滅する。
渇愛が止滅すれば取も止滅する。
取が止滅すれば生存も止滅する。
生存が止滅すれば生も止滅する。
生が止滅すれば老いと死、愁・悲・苦しみ・憂・悩も止滅する。
このようにして全ての苦しみが止滅する。

 このようにしてゴータマの眼は開き、理解が生まれ、叡智が生まれ、光が生じました。

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