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有り難う

 どこかのお寺の車内広告に、日本語の「ありがとう」の語源はもともと仏教用語から来ているという話が載っていました。

 仏教でもヨーガ(ヒンドゥー教)でも、我々の魂が人間として生まれることは非常に希なことであり、ましてや人間として生まれ、真理の教えに巡り合うということは、砂漠の中で一粒のダイヤモンドを見つけるほど奇跡的で希有なことであり、「有り難い」ことであるといいます。
 そこから日本語として定着した言葉が「有り難う」だというのです。

 これを見て私は、仏教ってすごいな、というよりも、日本語ってすごいな、日本人のセンスってすごいな、と思いました。

 人間として生まれることは奇跡的なことであり、ましてやそこで、たとえ小さな事でも、自分のために誰かが何かをしてくれるというシチュエーションは、本当に「有り難い」ことなんですね。けしてそれは当たり前のことじゃない。「有り難い」事なんです。

 「一期一会」なんかもそうですが、そういう一瞬一瞬の、見落としがちな、当たり前のことのように過ぎ去っていく事象の中に、希有なる宝物を見つけ出そうとするセンスは、日本人独特のものではないかと思います。

 この心を磨いていくと、すべてが「有り難い」対象になります。なぜなら、何かが自分のためになるかどうかは、こちら側の心の持ち方次第だからです。あらゆる関係、あらゆる事象、あらゆる出来事を、自分の成長や悟りのために使うことができるならば、まさにすべての経験は「有り難い」ことだということになります。

 有り難う!
 有り難う!
 有り難う!

 現代のスピリチュアルなどでも「ありがとう」と言うことは流行っていますが、単に表面的に言うだけではなく、あらゆる経験を自他の進化につなげようと絶えず考えることで、本当に「有り難う」に心がこもるようにしたいですね。

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