勉強会講話より「解説『至高のバクティ』」第4回 「バクティ」④(7)
で、もちろんこれだけではありません。ここでは一応このあとのものを強調するためにこの三つが挙げられているわけだけど。実際にはどうしたら至高者への愛を実現できるかっていうのは、まあ細かく言えばいろんな教えがある。そういうのはいろいろあるけども、っていう前提ですね。あるけども、「最も大事なことは、至高者の慈悲によって自分を導いてくれる聖なる師と出会うことである。聖なる師との出会いはまことに稀なものであり、聖なる師の導きはまことに理解し難い。しかし聖なる師への帰依は必ず結果をもたらしてくれる。なぜなら聖なる師と至高者は同一だから」と。
はい、もちろんこれは聖なる師だけではなくて、一般的にいう聖者ね。そもそも聖者というのは至高者と同一であり、そして稀な出会いであり、そしていつも言っているように皆さんを解放に導く最大のキーなんだね。で、一般的に聖者自体がそうです。聖者の存在自体がね。もちろんその聖者の中で自分の縁とある師匠ね。これはもちろん最もキーとなるものですね。
この話は何度もいつも言っているけどね、ちょっともう一回だけ簡潔に言うとね――じゃあ簡潔に言いますよ。さっきの瞑想ともちょっと関わってくるけど、ある人間がいて、この人間が頑張って修行して、悟りを得て聖者になりました。だからこの人はけっこう神と近くて、わたしを導く優秀なコーチです――って言っているんじゃないんですね。なんていうかな……視点が逆なんだね。視点が逆っていうのは、それはわれわれの迷妄の世界観を土台にした視点ですよね。この迷妄の世界を肯定するならばそれもあるのかもしれない。でも実際はそうではない。
こういう話をしているとどんどんわけ分からなくなってくるけども。そもそも夢ですから。極論すればね(笑)。それぞれが見ている夢ですから。その夢の世界の――ちょっとこれも言葉にするとずれちゃうんだけど、一応分かりやすく言いますけど、夢の世界の外にいらっしゃる方がいる。これが至高者です。分かりやすく言うとですよ。分かりやすく言うと、皆さん夢の世界にいる。至高者は――まあだから皆さんは寝ています。至高者は起きてます。つまり起きている至高者が皆さんを起こそうとしているんだね、実際は。「Y君起きろ」と(笑)。Y君寝てるわけです、カーッってね。あの、起きたらY君も至高者なんですよ(笑)。至高者っていうか、Y君が起きたら至高者と合一します。でも寝てるんだね。「起きろ、起きろ」と、「合一の時間だ」ってこう、起こそうとしている。でもY君はずーっと夢の中にいるんだね。で、そのY君が夢の中にいて、Y君の夢の中の登場人物は全員Y君の心の現われです。当たり前だよね。夢ってそうでしょ? 夢って心の現われでしょ? 同じように皆さん現実だと感じているこの世界も心の現われです。でも外からアプローチされて生じる夢の登場人物、これはちょっと違うんだね。心の現われというよりは――皆さんも経験あるでしょ。例えば夢見てて、外的な何かが影響を与えることがあるよね。例えば夢見てて、現実でね、例えば消防車のサイレンがウーッて鳴ったとしたら、耳で聞こえているから、夢の中でも火事の夢見るかもしれないよね。そういうことってあるよね。で、それと同じような感覚。つまり心の現われの世界なんだけど、至高者が外からアプローチしたときに、それが皆さんの夢に現われる。
でも皆さんの夢はまだ雑で、純粋じゃないから――純粋だったらね、至高者がパッて現われますよ。純粋だったらまさに漫画みたいに、Y君が煩悩に狂っているときにパーッて至高者が現われて、「お前を救ってあげよう」ってなるんだけど(笑)、こんなふうにはならない。つまりいつも言うように、つじつま合わせとして現われます。つじつま合わせとしてこのY君だったらY君ワールドの登場人物の一人としてもともといたように登場する。もともといたように登場してY君にいろんな示唆を与えてくれる。これが聖者であって、その中で最も中心的な存在が師匠なんだね。