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仏教修行者の基礎(4)「ニルヴァーナへの趣入」

第二章 ニルヴァーナへの趣入

◎趣入

 ニルヴァーナの種子を具足する者が、ブッダや聖者に出会い、彼らから法を聞き、浄信を生じさせ、戒を守り、執着を捨てる方向に向かい、もろもろの正しい見解を具足していく。

 このようにして一生を終え、その身が壊れたとき、この者は、より優れた真理の機根を有する者として生まれ変わる。彼は前生の修行の力によって、甚だすぐれた信を持ち、甚だすぐれた戒を守り、甚だすぐれた教えを理解し、甚だすぐれた捨を行ない、甚だすぐれた正しい見解を具足する。

 このような甚だすぐれた真理の実践は、さらに別の素晴らしい状態を生み出していく。このようにしてこの者は、何度も生まれ変わって修行しながら、ニルヴァーナに向かってまい進していくことになる。

 このようなプロセスに入ることを、「ニルヴァーナへの趣入」という。

 

◎ニルヴァーナに入るまでの時間

 初めて趣入のプロセスに入ってから、何度も生まれ変わってニルヴァーナに至るまでにかかる期間は、皆同じなのだろうか。人によって違うのだろうか。
 その答えは、人によって違う。縁や徳や精進など、さまざまな条件によって違ってくるのである。ある者は長い期間を経て、ある者は短い期間で、ある者は非常にスピーディーに、ニルヴァーナに至る。

◎趣入を進めた者の相

 何生にもわたって趣入を進めてきた者の持つ相はさまざまにあるが、その中のいくつかを、以下に提示しよう。

◎趣入を進めた者の第一の相・・・自然に趣入する

 まだ趣入のプロセスに入ったばかりで、浄信・持戒・教学・捨・正見などがまだ固まらないうちに死んだ者は、来世、真理に巡り合えなかったり、巡り合っても再び趣入のプロセスに入れない場合もある。

 しかし趣入のプロセスに入り、しっかりと浄信・持戒・教学・捨・正見などを修習し、固めた者は、来世、真理の教えを人からあまり勧められなかったとしても、自然に真理のプロセスに趣入する。そして決して後退することはなく、幸福を得、安住する。

◎趣入を進めた者の第二の相・・・悪趣に落ちない

 また、このようにしてしっかりと浄信・持戒・教学・捨・正見などを修習し、固めた者は、まだ完全にもろもろの煩悩から解放されていなかったとしても、死後、悪趣に落ちることはない。

◎趣入を進めた者の第三の相・・・浄信に満たされる

 また、趣入のプロセスに入り、ブッダに対して、法に対して、何度も何度も生まれ変わっては広大なる浄信を固めてきた者は、心が浄信で満たされる。これにより、今生、少し仏陀の教えを聞いたり、仏陀や聖者のことを考えただけで、涙を流したり、身の毛がよだったり、体が硬直したりといったことが起きる。

◎趣入を進めた者の第四の相・・・慙愧

 また、このようにしてしっかりと浄信・持戒・教学・捨・正見などを修習し、固めた者は、生まれながらにして、激しい慙愧の心を持っている。つまり、自分が悪業を犯したり、けがれた状態にあることを、無意識のうちに激しく慙愧するようになるのである。

◎趣入を進めた者の第五の相・・・欲求

 また、このようにしてしっかりと浄信・持戒・教学・捨・正見などを修習し、固めた者は、強い欲求を持つようになる。すなわち、解脱に対して、教えを学ぶことに対して、修行に対して、激しく欲求し、激しく真理を追究する。

◎趣入を進めた者の第六の相・・・善の実践

 また、このようにしてしっかりと浄信・持戒・教学・捨・正見などを修習し、固めた者は、功徳を徹底的に積むために、一切の善法を、堅固に実践し、力強く実践し、確固として実践する。

◎趣入を進めた者の第七の相・・・小さな煩悩

 また、このようにしてしっかりと浄信・持戒・教学・捨・正見などを修習し、固めた者は、きわめて小さな煩悩をまだ持っているが、それをそれ以上増大させることはない。また、慢心やエゴを制しており、悪業を嫌悪する。

◎趣入を進めた者の第八の相・・・勇猛な心

 また、このようにしてしっかりと浄信・持戒・教学・捨・正見などを修習し、固めた者は、得るべき広大な境地に対して心が委縮せず、卑屈にならず、無気力にならず、勇猛な心をもって修行を進める。

 以上が、何生にもわたって趣入を進めてきた者の持つ相の、いくつかの例である。

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