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ヴェーダーンタの実践(6)

4、すべての果報には因がある。
 ゆえに、この現象界には必ず因があるはずだ。
 それはブラフマン――原初の因なき因(プラム・カラナ)の結果である。
 これは宇宙論的な証明法である。

5、あなたは何か無限のものを思わずして、有限のものを思うことはできない。
 心は「無限なるものを思うことなく、有限のものを思うことはできない」という枠組みに見事にはめられているのだ。
 あなたは因を考えずして、その結果を考えることはできない。
 あなたは、不純、二元論、不調和、多様性、死などを、純粋、非二元論、調和、単一性、不死を前提としなければ、考えることができない。
 相対性の可能性は、絶対性の真実を暗示する。
 これはブラフマンの存在を証明する心理的メソッドである。
 「無限」は「彼」の性質のまさにエッセンスである。
 熱と光が炎のエッセンスの性質であるというように、サット・チット・アーナンダは、「彼」のまさにエッセンスである。

6、あなたが暗闇の中にいるとき、あなたがヴェールの後ろにいるとき、もし誰かが「誰かそこにいますか?」と尋ねてきたら、あなたは当然ながら「私がいます」と答えるだろう。それから、もう一度考え直して、間をおいて、「私は誰々です」などと言うのだろう。
 この「私は誰々です」というのが、精神的なカルパナであり、アディヤーサ(反映)、あるいはアヴィディヤー(無明)ゆえの誤った重ね合わせである。
 最初にあなたはあなたの生来的な存在の感覚、つまり大いなる無限なる「私」を表現したのだ。
 この「アハム・アスミ」という内なる感覚には、何も抵抗することはできない。

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