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ミラレーパの十万歌 3.雪の山脈の歌

ミラレーパの十万歌

3.雪の山脈の歌

 すべてのグル方に礼拝いたします。

 ジェツン・ミラレーパがラシの雪山の地を訪れて、凶悪な悪魔たちを征服したという評判は広まりました。
 ニャノン村のすべての人々は彼の後援者となり、布施と奉仕をしました。
 その中にウルモという名の女性がいて、深い信仰を持ち、熱心にダルマの教えを求めました。
 彼女にはジョウプワという幼い息子がおり、成長したら召使としてミラレーパにささげようと決意していました。

 ミラレーパは村人たちによってニャノン・ツァルマに招待され、そこでは後援者のシンドルモによって世話をされました。ジェツンはその村にしばらくとどまっていましたが、すぐに人々の現世的な考えによって非常に心が暗くなりました。そして彼らに自己の不満を説明し、ラシの雪山に戻りたいと告げました。
 村人たちは泣きながら言いました。

「尊師よ、この冬の間ここにお残りになって、われわれに教えを説いてくださるようお願いするのは、他の衆生たちの幸福のためではなく、ただ私たち自身のためなのです。あなたはいつでも、不吉な悪魔たちを征服することができます。春になれば、あなたの旅の準備もすべて整うでしょう。」

 尊敬すべき聖職者のドゥンバ・シャジャグナ、そしてシンドルモは、特に熱心に請願しました。
「もう冬がやってきますから、そして雪山では、多くの困難や危険に遭遇するでしょう。どうかご出発をもっと後まで延ばしてください。」

 彼らの返す返すの懇願も無視して、ミラレーパは出発を決意しました。
 彼は言いました。
「私はナーローパの継承の息子だ。雪山の危難も、荒れ狂う嵐も恐れない。ずっと村にとどまっているよりは、死ぬ方がはるかにましだ。わがグル・マルパも、この世の安楽を避け、隠遁して自己の修行を追求せよ、とおっしゃった。」

 そこで、村人たちはすぐにミラレーパの出発のための準備を整えました。
 出発の前に彼は、
「冬の間にダルマの指導を求めて来るものがあれば、私は会おう」と約束しました。
 ドゥンバ・シャジャグナ、シンドルモ、および他の四人の僧と在家の者が、送別会用の飲み物を持って付き添いました。彼らは丘を超えて、小さな平原に出ました。

 彼は小麦粉、米、一切れの肉、そしてバターを持って、滞在する予定の「悪魔を征服する大きな洞窟」へと一人向かいました。
 六人の弟子たちは、帰る途中に、山の向こう側で恐ろしい嵐に遭遇しました。嵐は非常に激しく、ほとんど道が見えないほどでした。彼らは必死で戦い、やっとのことで、寝静まった村にたどり着きました。
 雪は18昼夜降り続き、ティンとニャノンの間の交通は、六ヶ月間途絶えました。
 ミラレーパの弟子たちは皆、
「グルはこの嵐で死んだに違いない」
と思い、彼を偲んで葬儀を行いました。

 サガの月(3月~4月)に、弟子たちは、斧やその他の道具を持って、ジェツンの死体を捜しに行きました。
 目的地の間近で、彼らは長めの休息をとりました。遠くでは、雪ヒョウが大きな岩の上にのぼり、体を伸ばしてあくびをしていました。彼らはそれをずっと見ていましたが、やがてヒョウは消えました。
 彼らは、「このヒョウがジェツンを殺して食べたので、もう死体は見つけられないだろう」と思い込み、そしてつぶやきました。「まだ、服や頭髪などは残っているだろうか」。
 このように思うと悲しくなって、彼らは涙を流しました。

 やがて彼らは、ヒョウの通った跡のわきに、人間の足跡が多くあるのに気付きました。のちに、このヒョウのヴィジョンのあらわれた小道は、「虎とヒョウの道」として知られるようになりました。
 彼らは大変不思議がり、「これは神か悪霊の魔法だろうか」と思いました。彼らがいぶかしげに「悪魔を征服する洞窟」に近づくと、ミラレーパの歌声が聞こえました。

 「ジェツンが死ななかったのは、通りがかりのハンターが食物を布施したか、または残されていた獲物を手に入れたからだろうか」と、彼らは不思議がりました。
 洞窟につくと、ミラレーパは彼らをたしなめました。
「ずいぶんと遅いではありませんか。もうかなり前に山の反対側についていたのに、なぜこんなに時間がかかったのですか。とっくに食事の準備もできています。もう冷たくなっているに違いありません。さあ、早く入りなさい。」
 弟子たちは大変喜び、声をあげて小躍りしました。そして急いでジェツンの前に駆け寄り、頭を下げました。
 
 ミラレーパは言いました。
「このことを論ずるよりも、まずは食べましょう。」
 しかし、彼らは礼拝し、あいさつし、健康状態を尋ねました。洞窟の中を見渡すと、以前供養した小麦粉が、まだ残っていました。皿の上には、大麦とご飯と肉が、きちんと用意されていました。ドゥンバ・シャジャグナは、驚いて言いました。
「確かに今は夕食の時間ですが、まるで師は、私たちが来るのを知っておられたようです。」

「私は岩の上に座って、あなた方が皆、道の向こう側で休んでいるのを見ていましたよ。」

「私たちはそこにヒョウがいるのを見ましたが、師には気づきませんでした。いったいどこにいらっしゃったのですか?」

「そのヒョウが私です。」
 ミラレーパは答えました。
「プラーナと心を完全に調御したヨーギーは、四つのエレメントの本質を、意のままにコントロールし、どのような姿にも変身することができます。
 あなた方は皆、有能で修行の進んだ弟子なので、私はこの超常的な神通力を示しました。しかし、他の誰にもこのことを語ってはいけません。」

 シンドルモが言いました。
「ジェツン、顔も体も輝いていて、昨年よりも健康そうに見えます。山の両側の道は雪で閉ざされ、誰も食物を持って来れないはずですが、神々に養われたのでしょうか、それとも野獣に殺された動物を見つけたのでしょうか? いったいどういうことなのでしょうか?」

 ミラレーパは答えました。
「多くの時間はサマーディの境地に入っていたので、食べる必要がありませんでした。しかし祭りの日には、ダーキニーたちがガナチャクラを行なって、食べ物を布施してくれました。時々は、機能や数日前もそうでしたが、乾燥したわずかな小麦粉を食べました。
 馬の月の末日には、あなた方、弟子たちが皆、私を囲み、何日も空腹を感じずにすむほどの多くの飲食物を布施してくれるヴィジョンを見ました。ところでその日、あなた方は何をしていたのですか?」

 弟子たちが数えてみると、それはちょうど、ジェツンが亡くなったと思いこみ、葬儀を行なった日でした。

 ミラレーパは言いました。
「この世の人々が布施をなすことは、彼らのバルドにとっての助けになります。
 そして『今ここのバルド』を悟ることは、より利益になります。」

 弟子たちは、ニャノンに戻ってほしいと懇願しましたが、ミラレーパは拒みました。
「私は、ここにいることに本当に満足しています。また、サマーディもよくなっています。ここにとどまりたいので、私を置いて行ってください。」

 しかし弟子たちは言いました。
「もし今、あなたが一緒にいらっしゃらなければ、ニャノンの人々は、ジェツンを残して見殺しにしたのかと言って、私たちを責めるでしょう。」
 ウルモは声をあげて言いました。
「もし来て下さらないなら、私たちはあなたを運んでいくか、または死ぬまでここに座っています。」

 ミラレーパは、彼らの強い訴えに逆らいきれず、結局、一緒に行くことに同意しました。

 弟子たちは言いました。
「ダーキニーたちにはあなたは必要でないかもしれませんが、あなたの系統の弟子たちは、あなたを必要としています。さあ、雪靴がなくても雪に負けないことを、ダーキニーたちに示してやりましょう。」

 翌朝、彼らは皆、洞窟を出発し、ニャノンへと向かいました。
 シンドルモが先に行き、「ジェツンは生きていて、今戻ってくるところだ」という善き知らせを村人たちに告げました。

 村に近づいた時、ミラレーパと弟子たちは、台のような形をした大きな岩のところに来ました。そのうえでは、農夫たちが小麦粉を脱穀していました。このときまでに「ジェツンが戻ってくる」という知らせはすでに広まっていて、老若男女のすべての人々が集まっていました。彼らはジェツンを見ると、歓声をあげて抱擁し、様子をたずねて、恭しく挨拶をし、そして礼拝しました。

 ミラレーパは雪靴をはき、顎を支えの杖に乗せたまま、このように歌って答えました。

 あなた方、後援者と、私、年老いたミラレーパは
 この祝福された、吉祥なる空の下で、
 この生が終わる前に、今一度会えた。
 元気かどうかという質問に答えて、私は歌おう。
 よく注意して、この私の歌を聴きなさい!

 寅の年の終わり、兎の年が始まる前の、ワジャルの六日目に、
 現世放棄の思いが、私のうちに育ち、
 隠遁生活に執着する、この世捨て人のミラレーパは、
 人里離れたラシの雪山にやってきた。
 その時、空と大地が同意したかのようだった。
 肌を切り裂く風が送られ、
 川は奔流となって激しく氾濫し、
 全方向から黒い雲が吹き寄せられ、
 太陽と月は暗闇の中に閉ざされ
 28の星座は止められた。
 銀河は釘づけにされ、
 八つの惑星は、鉄の鎖で縛られた。
 天空はもやに包まれ、
 霧の中で、雪は九日九夜降り続き、
 さらに18日間、ますます激しく降った。
 それは、羊毛を入れる袋のように大粒で、
 空飛ぶ鳥のように、
 あるいは飛び回る蜂の大群のように降った。
 しかし雪片はまた、とても小さく、
 そして綿の房のように降った。

 雪は、はかりしれないほど降った。
 雪はすべての山を覆い、藪全体に降り積もり、木々に重くのしかかり、
 天にも触れるようだった。
 黒い山は白くなり、すべての湖も、岩の下の清水も凍った。
 世界は平らな白い広がりとなり、
 丘も谷もなくなった。
 悪人も何もできないほどだった。
 野の獣は餓死し、
 農地の家畜も山の人々に見捨てられ、
 哀れにも、餓えて弱りはてた。
 吹雪の森でも、飢えが鳥たちを襲った。
 クマネズミや小ネズミは、地中に隠れた。

 このような大災難の中で、私は完全に隠遁にとどまった。
 年の暮れの大吹雪は、
 雪山の高くで綿のぼろをまとった私を襲った。
 私は、降りかかる雪に対して
 それが霧雨に変わるまで戦った。
 怒り狂う暴風を克服し、それをしずめた。
 まとった綿の布は、燃える松明のようだった。

 それは、生死をかけた戦いであった。
 巨人たちが格闘し、サーベルを鳴らし合うように。
 私、卓越したヨーギーは勝った。
 そして、すべての仏教徒の模範、
 すべての偉大なヨーギーたちへの見本を示した。

 このように、命の熱と、二つの気道に対する、私の力は示された。
 瞑想によって起こる四つの病に気をつけながら、
 内的修行を続けることによって、
 冷たいプラーナと熱いプラーナは、精髄となった。
 こうして、怒り狂う風はおさまり、
 嵐は征服されて、その力を失った。
 デーヴァたちの軍隊も、私には匹敵しない。
 私、ヨーギーは、この戦いに勝利した。

 トラの皮を着た、誠実なダルマの息子よ。
 私は、狐の毛皮を着たことはない。
 巨人の息子よ、私は恐怖から逃げ出したことはない。
 百獣の王ライオンの息子よ、私は常に雪山に住んできた。
 生きるために仕事をするなどということは、私には冗談のようなもの。

 もし、この老人の言葉を信じるなら、
 この予言を聞きなさい。

 実践的な派の教えは、発展し、遠くまで広まるだろう。
 そして、何人かの完成者が、地上にあらわれるだろう。
 ミラレーパの名声は、全世界に広まるだろう。
 あなた方、弟子たちは、人々の記憶の中で、
 多くの信仰を獲得するだろう。
 われわれの名声と称賛は、後の世で聞かれるであろう。

 健康はどうか、という質問に答えるなら、
 私、ヨーギー・ミラレーパは、非常に良好である。
 親愛なる後援者たちよ、あなた方はどうですか?
 皆さん、健康で幸福ですか?

 ジェツンの幸福の歌は、村人たちを歓喜させ、彼らは踊ったり歌ったりして喜びました。ミラレーパも楽しげにそれに加わりました。彼が踊った大きな岩の上には、まるで彫刻されたように、足跡や手形が残されました。その中央はくぼみ、不規則なステップのついた小さな窪地のようになりました。それ以来、この岩は「雪靴の岩」と呼ばれるようになりました。

 村人たちは、ミラレーパをニャノン・ツァルマの村に案内し、布施と奉仕をしました。
 後援者レセブムは言いました。
「尊師よ、私たちにとって、あなたが生きておられて、無事に村に戻られたと聞くこと以上に、うれしいことはありません。
 以前にもまして、お顔は輝き、エネルギーに満ち、お元気そうに見えます。隠遁中は、女神たちが布施してくれたのでしょうか?」

 ミラレーパは、歌って答えました。

 祝福の賜物は、ダーキニーたちによって与えられる。
 サマヤの甘露は、豊富な滋養物である。
 誠実な帰依によって、感覚器官は養われる。
 弟子たちは、このように神々の行為を得る功徳を蓄えている。

 この心というものには、実体がない。
 それは空であり、最小の原子のような大きささえない。
 見る者と見られる対象がともに消滅するとき
 真に「見ること」が悟られる。

 「修行」に関して、輝く流れの中には
 ステージは、全く見られない。
 修行における忍耐は確定される。
 行為者と行為が、ともに破棄されたとき。

 主体と客体が一つである、輝く領域においては
 私は何の因も見ない。すべてが空だからである。
 行為と行為者が消えるとき
 すべての行為は正しくなる。

 有限な思考は、ダルマダートゥの中に溶け、
 八つの煩悩的な風は、希望も恐怖ももたらさない。
 戒と持戒者が消えるとき
 修行は最高に保持される。

 自己の心はダルマカーヤ――ブッダの究極の身体であると知り、
 熱心に、利他の誓いをなすなら
 行為と行為者は消え去る。
 このように、栄光のダルマは勝利する。

 弟子の質問に答えて、
 老人は、この吉兆の歌を歌う!
 降雪が、私の瞑想の家を取り囲んだ。
 女神たちが、食料と支えを与えてくれた。
 雪山の水は、最も純粋な生ビールであった。
 すべては努力せずになされた。
 食物への欲求がなければ、耕作の必要もない。
 私の倉は、備えや蓄えがなくとも、満ちている。
 私自身の心を見ることによって、万物は見られる。
 低い座に就くことにより、王の玉座に至る。
 グルの恩寵により、完成に至る。
 ダルマの修行により、寛大さは報われる。
 信者と後援者たちは、ここに集まり、誠実なる奉仕をする。
 皆さんが幸福で、快活でありますように。

 ドゥンバル・シャジャグナは、ミラレーパに礼拝して言いました。
「このような大雪の中で、ジェツンが無事で、私たちがあなたとともに安全に村に戻れたことは、本当に驚くべきことであり、喜ばしいことです。
 弟子たちが皆、グルに会えるとは、なんという幸福でしょう!
 もしこの訪問の土産として、この冬の瞑想体験に基づいて、ダルマを説いてくださるなら、私たちは深い感謝と喜びを得るでありましょう。」

 ミラレーパは、シャジャグナのリクエストに答えて、ニャノンの弟子たちへの土産話として、「瞑想経験の六つのエッセンス」の歌を歌いました。

 三つの完成をそなえた、わがグルに礼拝いたします。

 この夕べ、わが弟子シャジャグナと後援者ドルモの願いにより、
 常に人里離れた要塞に住む私、ミラレーパは
 瞑想中の経験を語る。

 純粋な誓いが、この出会いを可能にした。
 純粋なダルマの訓戒が、私と後援者たちを結びつけた。
 息子たちよ。私、父は、到着の土産として、
 あなた方の求めたものを布施しよう。

 私、ミラレーパは、世を憂いて、それを捨てた。
 ラシの雪山にやってきて、
 「悪魔を征服する洞窟」に一人住んだ。
 丸六ヶ月間、瞑想の経験は増大した。
 今それらを、この「六つのエッセンスの歌」の中で明かそう。

 まず第一に、六つの外的あらわれのたとえ。
 第二は、注意深く考察すべき、六つの内的悪業。
 第三は、われわれを輪廻に縛りつける六つの縄、
 第四は、解脱を達成するための六つの道、
 第五は、確信を得るための六つの智慧のエッセンス、
 第六は、至福に満ちた六つの瞑想経験である。

 この歌を記憶にとどめないなら、
 いかなる印象も心に残らない。
 注意して、私の説明を聞きなさい。

 もし障害があるなら、空間と呼ぶことはできない。
 もし数えられるなら、星とは呼べない。
 もし動き揺れるなら、山であるとはいえない。
 もし増大し縮小するなら、大海とは呼べない。
 もし橋を必要とするなら、泳げるとはいえない。
 もしつかむことができるなら、虹とは呼べない。
 これらが、六つの外的なたとえである。

 限界の限定は、理解に限界を作る。
 昏眠と散漫は、瞑想ではない。
 受容と拒絶は、意志の行為ではない。
 思考が流れつづけることは、ヨーガではない。
 もし西と東があるなら、それは完全なる叡智ではない。
 もし生と死があるなら、それはブッダではない。
 これらが、六つの内的過ちである。

 地獄の住人は憎しみに縛られ、
 餓鬼は貪欲に、
 そして動物たちは無明に縛られている。
 人間は愛欲に縛られ、
 阿修羅は嫉妬に、
 そして天の神々は慢心に縛られている。
 これらが、解放を妨げる六つの束縛である。

 賢明で厳格なグルへの、信仰と偉大な誠実さ
 善い規律
 隠遁地での独居
 断固たる決意と忍耐
 修行と瞑想――
 これらが、解放へと導く六つの道である。

 生来のサハジャの叡智は、原初の領域。
 内も外もないのが、覚醒の領域。
 光も闇もないのが、洞察の領域。
 すべてに偏在し、すべてを包含するのが、ダルマの領域。
 変化も推移もないのが、ティクレの領域。
 中断がないのが、経験の領域。
 これらが、精髄の六つの不動の領域である。
 
 至福が増大するのは、
 生命の熱があおがれるとき、
 プラーナが中央気道を流れるとき、
 ボーディチッタが上から流れるとき、
 それが下方を浄化するとき、
 そして漏れのない身体の歓喜に浸るとき。
 これらが、六つの至福に満ちたヨーガの経験である。

 あなた方、息子と信者たちを喜ばすために、
 この六つのエッセンスの歌と、
 この冬の瞑想経験を歌った。
 この喜ばしい出会いに集まったすべての者が、
 この歌の天の甘露を飲めますように。
 皆が快活で、喜びに満ち、
 あなた方の純粋な願いが、かなえられますように。

 これは老人によるつまらぬ歌であるが
 このダルマの贈り物を粗末にせぬように。
 祝福された教えの道を、意気揚々と歩みなさい!
 
 
 シンドルモは、声をあげて言いました。
「ジェツン、最も尊きお方よ!
 あなたは、過去・現在・未来のブッダ方と同じです。
 あなたに奉仕し、あなたから教えを学べるのは、まれな特権です。
 あなたに信仰を持たない者は、本当に動物よりも愚かです。」

 ミラレーパは答えて言いました。
「私に信仰を持つことは、それほど重要ではない。それは絶対に必要なわけでもない。
 しかしもし、貴重な人間の身体を持ち、仏教の広まっている時代と場所に生まれながら、ダルマを実践しないなら、それは本当に愚かである。」

 そしてミラレーパは歌いました。

 翻訳者マルパの御足に礼拝いたします。
 あなた方、誠実な後援者たちに歌おう。

 純粋なダルマが広く普及しているのに、
 無謀にも悪業をなすのは、なんと愚かなことか。
 貴重な人間の身体は、まれな賜物であるのに
 無意味に人生を過ごすのは、なんと馬鹿げたことか。
 牢獄のような街に執着し、そこにとどまることは、なんと馬鹿げたことか。
 ちょっと出会ったにすぎない、妻や親類と争うとは、実にお笑いだ。
 夢の中のむなしいこだまのような、甘くやさしい言葉にこだわるのは、実に無意味だ。
 か弱い花にすぎない敵と争って、人生を無駄にするとは、実に愚かだ。

 臨終のときに、家族のことで思い苦しむのは、なんと愚かなことか。
 それは人をマーヤーの屋敷に縛りつける。
 財産や金を貯めこむのは、なんと愚かなことか。
 それは、他から借用した負債にすぎない。
 身体をきれいに飾り立てるのは、なんと愚かなことか。
 それは、汚物に満ちた容器である。
 富や物のために神経を苛立たせ、深遠な教えの甘露を無視するとは、なんと愚かなことか。

 愚か者の群れの中でも、賢く良識ある者は
 私のように、ダルマの修行を行なうべきだ。

 
 集まった人々はミラレーパに言いました。
「私たちは、このような深遠で偉大な叡智の歌を聴くことができて、本当にうれしく思います。しかし我々には、あなたの勤勉さや智性を真似ることはできません。あなたの歌われた愚かなことを避けるのがやっとです。
 私たちのただ一つの願いは、これからもずっとあなたと一緒にいることができますように、ということです。
 そして生き物たちはあなたに奉仕し、教えを聞くことができますように。
 また死者たちは、あなたの恩寵によって救済されますように。」

 ミラレーパは答えて言いました。
「私はグルの言葉に従って、ラシの雪山で瞑想してきた。しばらくはここにとどまれても、あなた方、現世の人々と同じようにはとどまることはできません。もしずっととどまれば、善意ではなく不敬が生じるでしょう。」

 そしてミラレーパは歌いました。

 翻訳者であるマルパに礼拝いたします。

 ここに集まったすべての後援者たちが
 ゆるぎない信仰と、偽りのない誠実さをもって
 私に懇願しますように。

 もし友とともに長くとどまりすぎれば
 厭わしく思われるだろう。
 そのような親密さからは、嫌悪と憎しみが生じる。
 長くともにいすぎても、それでもさらに願い求めるのは
 人間だからである。

 人の中の好戦的な性質は、破戒につながる。
 悪しき交友は、善行を損なう。
 正直な言葉も、人ごみの中で語られれば、悪をもたらす。
 正・不正を論じることは、敵を増やすだけである。

 宗派主義による偏見とドグマに固執することは
 人を不徳で、さらに罪深くする。

 信ある者の布施に義務的に応じることは
 悪い思いを生じさせる。

 死者の食物を取ることは
 罪深く、危険である。
 煩悩的な者の布施は、低く、価値がない。

 交友自体が対立の原因となり
 対立は、恨みや憎しみに発展する。

 多くの家を持つほど、死のときの苦しみは多くなる。
 そのような苦悩や悲嘆は、実に耐えがたい。
 特に、隠遁生活をするヨーギーには。
 
 私、ミラレーパは、静寂な隠遁地に行って、そこに一人住もう。
 誠実な後援者たちよ、あなた方の、功徳を積もうとする努力は素晴らしい。
 わが後援者たちよ、
 グルに対して布施し、奉仕することは善いことだ。
 あなた方には、またすぐに会い、またたびたび会えると約束しよう。

 後援者たちは皆、言いました。
「我々はあなたの教えや説法を聞くことに飽きることはありませんが、あなたは我々に飽きたのかもしれません。どんなに熱心に、ここにとどまってほしいと頼んでも、それは無駄なようです。ただ、時々ラシから訪ねて来てくださるようお願いいたします。
 
 村人たちは多くの食料やその他の品々を布施しましたが、ミラレーパは受け取りませんでした。
 すべての人々はミラレーパへの畏敬の念に打たれ、尊敬をあらわしました。
 喜びと幸福に満たされ、村人たちは、ジェツンに対するゆるぎない誠実さを、強く確信しました。

 
 これが「雪の山脈の歌」である。

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