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マノモハン・ミトラの生涯(5)

 別の日に、シュリー・ラーマクリシュナはこうおっしゃいました。

「この世界は、幻影なのだよ。」

 マノモハンは最初、この発言を笑いましたが、師の言葉は彼の心に突き刺さり、彼はその真実――この世界は本当に幻影であり、永続しない――を悟ったのでした。

 シュリー・ラーマクリシュナは続けました。

「この世界は一方で歓喜の館でもあるのだけれど、人はここでの楽しみ方を知らなければならない。
 神と共に生きるようにしなさい。そうすれば不幸に苦しむことはないよ。
 神と共に生きるというのは、自分の体と心を神に捧げるということさ。
 神を思い続けなさい。
 この世界での生活は恐れを伴い、その上、心を堕落させるものがたくさんある。
 けれども、どうにかして心を神で満たし続ければ、すべての障害は去っていくよ。
 神の御名には素晴らしい力があるのだよ。神の御名と栄光を歌いなさい。」

マノモハン「神は、われわれの祈りを聞いておられるのでしょうか。」

シュリー・ラーマクリシュナ「何を言っているのだね? おまえが神に呼びかけて、神が聞いていないというのかい? 神はすべてに遍在し、すべてをご存じなのだよ。神がおまえの祈りを聞いておられないとうことがなんでわかる? おまえは信仰がないから、神を疑うのだ。」

マノモハン「師よ、神への渇仰心を増すにはどのようにいたしたらよろしいのか、教えていただけませんでしょうか。」

シュリー・ラーマクリシュナ(笑いながら)「空腹や喉の渇きが自然に生じるように、神への渇仰心も自然に起こるのだ。
 すべては起こるべきときに起こる。ただ考え込んだだけでは、人は空腹にはならない。
 同じようにね、神への渇仰心も単に『渇仰心よ、やってこい!』と言うだけでは生じないよ。
 人々が神の必要性を感じたとき、渇仰心は自然と心の中に覚醒するのだ。
 神への渇仰心は、人々がすべての愛著、色欲、金、世俗的な快適さ、淫らな楽しみを放棄して、現世的な物事に対する熱望を一掃してしまわなければやってこないのだよ。
 どれほどの人々が、神を悟るために落ち着かずにいれるだろう。人々は、妻や子供、金のために水差しいっぱいの涙を流す。しかし誰が神を思って泣くだろうか?
 神を切望する者は、絶対に神を見つける。神のために泣きなさい。心から神を切望して求めるのだ。そうすれば、おまえは神を見るよ。」

マノモハン「師よ、わたしは神のことを知りません。けれどもわたしはあなたの元に避難して参りました。どうか、わたしのことを引き受けていただけないでしょうか。」

 シュリー・ラーマクリシュナはしばらくの間、沈黙しておられました。
 それは午後のことで、マノモハンはもうすぐ家に戻らなければなりませんでした。
 師は恍惚状態のムードでこうおっしゃいました。

「お聞き。神を悟るために、あるいは叡智を獲得するためにここにやってきた者は、その願いを実現するだろうよ。
 もう一度言う。願いは間違いなく実現するであろう。」

 シュリー・ラーマクリシュナの言葉はマノモハンを歓喜に酔いしれさせ、素晴らしい安堵の中で彼は師の御足の下へ倒れこみました。
 そのとき以来、彼はシュリー・ラーマクリシュナをグルとして認めたのでした。

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