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ヒマラヤ童子

 大乗経典の中にあるお釈迦様の過去世物語のひとつに、有名なヒマラヤ童子の物語があります。
 今回は、その要約を紹介しましょう。
 この話からは、多くの教訓を学ぶことができます。しかしあえて特に解説は書きません。それはそれぞれの方が、それぞれの智性とフィーリングにあわせて、受け取ってくださったらいいと思います。

 お釈迦様はその生において、ヒマラヤに住む修行者(ヒマラヤ童子)でした。懸命に修行していたのですが、その時代、地球には仏陀が出現していなかったので、ヒマラヤ童子は、長年にわたって懸命に修行しながらも、真理の真髄というものを知ることができていませんでした。

 この様子を見ていた神々の王であるインドラは、このヒマラヤ童子が、将来偉大な仏陀になる菩薩であるのか否かを試すために、恐ろしい鬼神に姿を変えて、ヒマラヤ童子の住むヒマラヤへとやってきました。そして次のような詩を唱えたのです。

 まことに、諸行は無常である。
 すべては生じ、滅することを本性としている。

 この詩を聞いたとき、ヒマラヤ童子の心に、はかり知れない歓喜が生じました。
 ヒマラヤ童子は、『いったい誰がこのすばらしい詩を唱えたのだろうか』と、あたりを見回しましたが、そこには恐ろしい姿の鬼神がいるだけでした。ヒマラヤ童子は、
『おそらく、この鬼神がこの詩を唱えたのではないだろう。このような恐ろしい容貌の者が、このような詩を説くとは考えられない』
と思いましたが、またすぐに、
『ああ、私は無智である。この鬼神が、仏陀にお目にかかり、この詩を聞いてきたかもしれないではないか』
と考え直し、鬼神に向かってこう言いました。

『偉大なる魂よ、どうかこの詩の続きを説いてください。』

 すると鬼神は、こう答えました。

『私は今、何日も食物を食べておらず、飢えと渇きの苦悩の中にいるので、説くことができないのです』

 ヒマラヤ童子が、

『あなたはいったい、どんな食物を食べるのですか?』

と聞くと、鬼神は、

『私の食物は、生暖かい人間の肉です。私の飲み物は、人間の熱い血です。』
と答えました。
 それを聞いたヒマラヤ童子は、こう言いました。

『あなたはぜひ、詩の続きを唱えてください。私はそれを聞き終わったら、私の身体をあなたに食物として捧げます。
 もし私が死んだなら、どちらにしろこの身体は獣や鳥の餌食となることでしょう。そしてそれは何の功徳にもなりません。
 しかし私は今、無上の正しい悟りを得るために、この身体を捨てるでしょう。』

 それを聞いた鬼神は、
『汝がもしそのようによく身を捨てるというならば、明らかによく聞け。まさに汝のために説こう。』
と言って、次のように、真理の詩の続きを唱えました。

 生じることと滅することの両者が滅し終わったニルヴァーナこそ楽なのである 

 鬼神がこの詩を唱えたとき、ヒマラヤ童子は、この詩の意味を深く考え、味わいました。
 そして、そこら中の石や壁、木や道などに、この詩を書き写しました。少しでも多くの人がこの詩に触れ、真理を悟ってくれるようにと願ったからです。
 それらを終えて、ヒマラヤ童子は、身を投げるために、高い樹の上に登りました。
 それを見た鬼神は、ヒマラヤ童子に言いました。
『わずかひとつの詩のために身を捨てるとは、この詩にどのような価値があるというのですか。』

 ヒマラヤ童子は答えました。

『この詩は、とりもなおさず、過去・現在・未来のもろもろのブッダ方が説かれた、空の智慧を開く法の道です。私はこの法の為に、この身命を捨てるのです。一切衆生の利益のために、この身体を捨てるのです。
 願わくば、物惜しみする人を連れてきて、私が自分の身体を捨てるのを見せてあげたい。
 また、もし少しの布施でもっておごりの心を持つ人があれば、私がこのひとつの詩のために、自己の身体を捨てるのを見せてあげたいものだ。』

 こう言うと、ヒマラヤ童子は、樹下に身を投げました。
 しかしその身体が大地にたたきつけられる寸前に、鬼神はインドラ神の姿にかえり、ヒマラヤ童子の体を受け止め、平地におろしました。

 そのとき、インドラ神のみならず、もろもろの天人や梵天たちがやってきて、ヒマラヤ童子の足元に頭をつけて礼拝し、こう言いました。

『すばらしいことです。あなたこそ本当の菩薩です。あなたは、はかり知れない衆生を救うために、無明の闇の中に、大いなる法のたいまつを灯そうと欲しています。
 あなたは未来において必ずや無上の正しい悟りを成就するでしょう。そのときには願わくば我々を済度してください。』

 このようにヒマラヤ童子を賛嘆し、礼拝すると、神々は忽然と姿を消しました。

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