スカシッディー

　十一世紀ごろ、インドのカシミール地方に、三人の息子と三人の娘を持つ貧しい夫婦が住んでいました。一家はとても貧しく、ある日、とうとう食料はわずかな米だけになってしまったのでした。家族は相談し、この米を食べたらもう何も食べるものがなくなってしまうので、食べずに保管しておいて、皆で食料を探しに行くことにしました。
　そうして夫と息子たち、娘たちは、それぞれが別々の方角へ食料を探しに出かけ、妻が留守番をすることになりました。
　すると、妻が留守番をしているその家に、ある修行者が托鉢にやってきました。妻は、自分たちも空腹で貧しかったにもかかわらず、その修行者に献身の思いを生じさせ、保管していた米を全部あげてしまいました。
　さて、夫と子供たちは、一日中歩き回ったにも関わらず、食料を得ることができませんでした。彼らはとても空腹だったので、保管している最後の米を食べることを期待して、家に帰ってきました。しかし妻が最後の米をすべて修行者にあげてしまったと聞いて、彼らは激怒し、彼女を家から追い出してしまいました。

　家を追い出された彼女は、西方へと放浪し、ウディヤーナという地にたどり着きました。そこで彼女は穀物からお酒を造り、酒屋として生計を立て始めました。
　
　当時、偉大な聖者ヴィルーパが、その近くの森に住み、コンソートのヨーギニー・アヴァドゥーティマとともに密教の修行をしていました。アヴァドゥーティマはよくヴィルーパのために酒を買いに町へやってきていましたが、カシミールからやってきたその女性が造る酒が大変おいしいので気に入り、いつも彼女の店で酒を購入するようになりました。
　ある日彼女はアヴァドゥーティマに、
「ヨーギニー様、あなたは誰のためにいつもお酒を購入なさるのですか？」
と尋ねました。アヴァドゥーティマは、
「近くの森に偉大なヨーギンが住んでいます。彼にささげるために購入するのです。」
と答えました。それを聞いた彼女は、
「まあ！　ならばあなたは料金を支払う必要はありません。」
と言って、その後はいつも、最も良い部分のお酒を、無料でアヴァドゥーティマに渡すよになりました。
　
　その後しばらくしてヴィルーパは、「この良質の酒は、いつもどこで手に入れているのだ？」とアヴァドゥーティマに尋ねました。
　アヴァドゥーティマは答えました。
「献身的な酒屋の女性からです。私は、偉大なグルが森に住んでいて、彼のためにお酒を購入すると彼女に言いました。するとそのときから彼女は、この最高のお酒をいつも無料で渡してくれているのです。」
　それを聞いて、ヴィルーパは言いました。
「では私は酒代として、彼女を輪廻から解放しなければならないな。」

　そこでアヴァドゥーティマは町へ行き、酒屋の女に「私たちのところへ来ますか？」と尋ねました。彼女は、アヴァドゥーティマから聞いた森に住む偉大なヨーギンのことが大変気になっていたので、アヴァドゥーティマについていきました。
　森の中で彼女はヴィルーパと対面し、肉と酒を供養しました。
　ヴィルーパは彼女に秘密の修行を伝授し、イニシエーションを与えました。
　イニシエーションを受けて修行を始めると、彼女は一夜にして、智慧のダーキニーに変身しました。そのとき彼女は六十歳くらいでしたが、まるで十六歳くらいの若々しく美しい虹の身体となりました。そして空中に浮かび上がると、七日間、空中に座り続けました。
　彼女はスカシッディーという名で知られるようになり、ヴィルーパの秘密の仲間の一人になりました。

　現在も彼女は生き続け、純粋な目を持っている者たちにダルマを教えているといわれています。彼女は密教修行に励む者や彼女に懇願する者たちを祝福し、最高の成就を与えます。また、彼女の物語を読んだり、単に彼女の名前を聞くだけでも、その者の中に献身の心が育っていくといわれています。