ジャータカ・マーラー(9)「ヴィシュヴァンタラ王子」④
ところで、ヴィシュヴァンタラ王子の追放の話を聞いて、王宮の中には、騒然たる泣き声が起こりました。物乞いたちも、大変に悲しみました。彼らは口々にこう言いあいました。
「ああ、非法がはびこっている。法は眠っているか、あるいは死んでいるかである。ヴィシュヴァンタラ王子が、自分の王国から追放されるとは。」
さて菩薩は、幾十万の宝石・黄金・銀が充満する宝庫を、種々の財物・穀物を蓄積したいくつもの宝庫・穀倉、召使、乗り物、着物、食器等、すべてを人々に布施すると、苦悩の激痛に平静さを失っている両親の両足に頭をつけて礼拝し、妻子とともに立派な車に乗って、幸福の日々を祈る大衆の叫び声とともに、都を離れました。
悲しみの涙に顔を濡らした人々が、愛情を断ち切れずについてくるのを無理やり帰らせてから、王子は自ら馬車の手綱を握って、ヴァンカ山へ向けて出発しました。
その道の途上、たまたまやってきたブラーフマナが、馬車をひいている四頭の馬を、施し物として乞いました。
ヴィシュヴァンタラ王子は、ただ布施の喜びのために、未来のことは考慮せずに、その四頭の馬を、ブラーフマナたちに与えてしまいました。
さて、馬を布施してしまったので、菩薩は、自らが馬車をひく馬になろうと思い、馬車の帯を自分に結び付けようとしていると、そこに四人の鬼神の若者たちが、鹿の姿をしてやってきて、馬車のくびきを自らの肩につけ、馬車をひく役目をかって出ました。
驚きと喜びに眼を見開いたマドリー妃に対して、菩薩は言いました。
「苦行者たちの住居として敬われる園林の、卓越する威徳を見よ。
このように客人になされる愛は、まことに素晴らしいことだ。」
マドリー妃は言いました。
「これはまさしく、あなたの超人的威徳のためであると、私は考えます。」
こうして再び道を進んでいると、また別のブラーフマナが近づいてきて、彼らが乗っている馬車が欲しいと言いました。
そこでヴィシュヴァンタラ王子は、自己の安楽に執着することなく、その見知らぬブラーフマナたちを自己の愛する親族のように見なして、その馬車を布施してしまいました。
そこでヴィシュヴァンタラ王子は息子のジャーリンを、マドリー妃は娘のクリシュナージナーをそれぞれ脇に抱えて、歓喜に満ちた心で、徒歩で道を進んでいきました。
その道の途上、彼らがのどが渇くと、どこでもすぐに池が出現しました。暑いときは雲が傘を作り、常に快い、良い香りの風が吹きました。
鬼神たちは、王子たちの疲労の苦しみを見るのに耐えかねて、神秘的な力で、彼らの行く道を短縮しました。
このようにして菩薩は、楽しい公園を歩くかのように、道中の疲れを味わうこともなく、ヴァンカ山までやってきました。彼らは森の住人に道を教わり、苦行林に入ると、そこに快適な草ぶきの小屋を見つけ、そこに住むことにしました。この小屋は彼らのために、インドラ神の命によって、建築の神であるヴィシュヴァカルマンが化作したものでした。
その森でヴィシュヴァンタラ王子は、美しい妻にかしずかれつつ、愛らしい子供たちとともに住み、半年の間、苦行に励みました。
つづく