シュリーラーマチャリタマーナサ(16)「パールヴァティーの苦行」
「パールヴァティーの苦行」
「さて、それから先の話をお聞かせしましょう」と言うと、ヤージュニャヴァルキャ仙人はなお語りつづける。
閑寂な部屋で二人きりになったとき、マイナーがしきりに夫を掻きくどく。
「あなた! わたしにはナーラダ仙人の言うことがさっぱりわかりません。パールヴァティーにふさわしい家、花婿、種姓であれば、あの娘を結婚させましょう。でなければ、未婚のままでいる方がまだましです。あなた! パールヴァティーはわたしの命です。不幸な結婚はさせたくありません。もしパールバティーが奇妙な縁組みをすれば、世間の人は父であるあなたを生来の愚か者と嘲るでしょう。どうかそのことを考えて、あとで後悔することのない良縁をあの娘のために探してください。」
マイナーは夫の足に額をすりつけ、そのまま地面に倒れこんで泣きじゃくる。ヒマーラヤの王ヒマーチャルは、妻の背中を撫でながら、優しく宥める。
「愛する妻よ! 心配はいらない。たとえ冷えた月に熱火が起ころうとも、ナーラダ仙人の予言がはずれることはありえない。いまは一心に、神のご加護を念ずるのだ。パールヴァティーをこの世に在らしめ給うた大いなる力、主なる神が守ってくださるだろう。もし母親としての真の愛情がお前にあるならば、シヴァ様の奥方となるのにふさわしい苦行をするように、あの娘に教えるがよい。それ以外に、われわれがこの悲しみから逃れられる道はないだ。
ナーラダ仙人の予言はまことに含蓄が深く、必ず相応の理由を伴う。シヴァ様は真理、慈愛、愛行などあらゆる美徳を具備される全能者だ。それを信じて、迷いが生む疑念を払い捨てねばならない。シヴァ様は、完全無欠、純粋無垢、至高至尊の大神なのだ。」
夫の言葉を聞いて、マイナーの心も少しばかり晴れる。立ち上がり、真っ直ぐパールヴァティーの側に行くが、娘の顔を見るとまた新たな悲しみが湧いて、とめどもなく涙が溢れてくる。娘を膝の上に座らせ、無言のまま何度も何度もきつく胸に抱き締める。涙で喉がつまり、ついに一言も発することができない。世の母、悩める者の憩いの家、女神パールヴァティー様はなにもかもお見とおしである。母の悲しみを理解して、心を和ませ魂を幸せにするような、甘くやさしい口調で語りかける。
「お母様、お聞きください。わたしはあるとき、神々しいお姿のお坊様が、説法される夢を見ました。―――パールヴァティー! ナーラダ仙人のお言葉に嘘はない。信じて苦行をしなさい。お前のご両親もそれを望んでおられる。苦行こそいっさいの福徳の根源だ。苦行には悲悩や悪運を消滅させる法力がある。ブラフマー神が世界を創造し、ヴィシュヌ様が保護し、シヴァ様が破壊し、龍王が大地を支えるのもみな、苦行の力によるのだ。パールヴァティー、世界の営みはすべて、苦行の力を基本にして成り立つ。それを考えて、苦行に励みなさい。―――夢のなかのお坊様はわたしにそう言われたのです。」
この話を聞いたマイナーの驚きは、ひととおりではない。すぐに雪山の王、夫ヒマーチャルを呼んで、娘の見た夢の話を告げる。
パールヴァティー様は熱心に、両親に説得にかかる。やがて許しを得ると、歓喜に心をはずませながら旅に出る。両親をはじめ六親眷族、一族一統はみな、別れの悲しみに沈んでいる。そこへヘードシラ仙人がやって来て、前世の因縁を説き、女神としてのパールヴァティー様のご威徳を賛嘆する。その説話を聞いてみな安堵し、ようやく落ち着きを取り戻す。
命の御祖であるシヴァ様の御足への愛情をしっかりと胸に抱き、パールヴァティー様はひとり森のなかへ分け入って行く。見るからに華奢な体は、苦行には全く適していない。それでも未来の夫、シヴァ様を愛する一念に支えられ、いっさいの欲望を断ち切り、ただひたすら禅定三昧の行に徹する。刻々とシヴァ様の御足に対する新たな愛情を湧いてくる。肉体の知覚は完全に失っている。千年の間は根菜と木の実だけを食べて過ごし、その後の百年間は葉菜だけで過ごす。数日間は水と空気だけ、さらに数日はより厳しい断食をする。二千年は地に落ちたベル樹の枯れ葉だけを食べて生き続け、そのあとは枯れ葉さえも断つ。それ以来、パールヴァティー様の別名は、アパルン(無葉)となる。見るも無残なやせ細ったパールヴァティー様の体を見て、上空から荘重な神の声が降りてくる。
「おお、ヒマーラヤの王ヒマーチャルの娘よ! 聞け。そなたの祈願は叶えられた。いま、その耐え難い苦行を止めなさい。そなたはシヴァ様と結ばれるだろう。世の母パールヴァティーよ! 古来、行者や仙人、悟者など無数の聖者が世に輩出したけれど、そなたにまさる厳しい苦行は誰もなしえなかった。いまそなたは、この創造神ブラフマーの祝福を、永遠に真実、とこしえに不滅と心得て、心のうちにしっかりと受けとめなさい。そなたの父ヒマーチャルが迎えにきたら、強情を張らずに素直に家に帰るがよい。そのうちに、北斗七星の精である七賢人が訪れる。彼らに会ったらわたしの言葉をそのまま伝えるのだ」
ブラフマー神の祝福の言葉を聞き、パールヴァティー様は歓喜踊躍して、喜びで身は大きくふくらみ、いまにも天にも昇る思いである。