シュリーラーマチャリタマーナサ(14)「焼身と再誕」
「焼身と再誕」
八万四千年が過ぎたのちに、不滅の大神シヴァ様は静かにサマーディ境を解かれる。シヴァ様の唇がラーマ様の御名をを称えはじめるのを見て、サティー様は世界の主シヴァ様がサマーディから現実にもどられたことを悟る。すぐに側に近寄って行き、うやうやしく御足を礼拝する。するとシヴァ様はおもむろに敷物を広げて、愛妻を座らせられる。
このとき、シヴァ様はヴィシュヌ神についての興趣あふれる話をはじめられる。サティー様の父親ダクシュが創造神の仲間入りを認められたのは、この頃のことである。宇宙の創造を司るブラフマー神は、ダクシュがすべての面で適任だと考えて、彼を創造主たちの指導者に任命された。思いもかけない強大な権力を手に入れて、ダクシュの心に大きな驕りが生まれた。権力を得て驕りの心を起こさない者は、稀である。
ダクシュは配下の天人や仙人たちの総力を結集して、大がかりな祈禱の祭式を開催した。祭式に参集する天人たちを、ダクシュは下にもおかぬもてなしで歓迎する。ダクシュの招待を受けて、天人、龍神、得道者、歌神キンナラ、音楽神ガンダルヴァをはじめ諸天善神がめいめい夫人を同伴して集まってくる。ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三主神を除くすべての神々が、天界の飛行乗物に乗ってビーマンを美しく飾り立てて、次々に飛来する。
サティー様は華麗な装飾を施した各種各様の飛行乗物が空を飛んで行くのを見上げる。乗り物の上では、美しく着飾った天女たちが甘い声で愛の歌を歌う。それを聞けば、仙人たちさえ心乱されるほどである。サティー様は天女たちが飛行乗物に乗って一定の方角をめざして空を行く訳をシヴァ様に詳しく尋ねる。シヴァ様は詳しく話して聞かされる。
父親ダクシュの主催で祭式が行われると聞いて、サティー様は少し嬉しい気分になる。もし夫シヴァ様の許しがあれば、祭式への参加を口実にして数日間里帰りをしてみたいと、考えはじめたのである。しかし、夫に捨てられた深い悲しみに加え、自分の犯した罪の重さを思うとき、なかなか思いを口には出せない。ようやく意を決して、恐れと気兼ねと愛情でうるおった甘美な声でうかがいを立てる。
「主よ! 父の家で大きな祭式が行われます。幸いにあなたのお許しがいただければ・・・・・・。ぜひ行ってみたいと思います」
おもむろにシヴァ様が答えられる。
「それはよい。わたしも同感である。ただ、お前の父親は招待状を送ってよこさなかった。これはよくないことだ。お前の父親ダクシュは、お前以外の娘たちにはみな招いたが、わたしへの敵対心からお前までも無視したのだ。
あるとき、創造神ブラフマー様の主催された会議でわたしに腹を立て、いまもまだ根に持っている。事あるごとに、わたしを侮辱する。おお。サティーよ! 招かれないままお前が行けば、愛の伴うもてなしも尊敬のこもる対応もしてもらえないだろう。友達、主人、父親、恩師などの家へは、たとえ招かれなくても行かねばならないが、敵意を抱く者の家に招かれざる客として行くのは好ましくない。」
シヴァ様は熱心に説得されるが、サティー様はどうしても納得しない。一途に里帰りを願うサティー様の心には、ついに理性が目覚めなかったのである。しまいにシヴァ様は、
「招かれざる客になるのは、実に惨めなものだ」
とだけ言うと、黙ってしまわれる。
サティー様がどうしても諦めないので、シヴァ様は自分の従者の一団をお伴につけて送り出される。
サティー様が父親ダクシュの家に着いたとき、ダクシュを恐れて誰も歓迎するものはいなかった。母親が一人で、深い敬意を示して出迎えただけである。ほかに姉と妹が、微笑を浮かべながら気持ちよく彼女を迎える。ダクシュはサティー様に一言の挨拶も返さなかった。それどころか、サティー様の顔を見るなり、全身を火のように燃えあがらせて、怒りを露にした。
サティー様が会場を見て回ると、そこにはどこにもシヴァさまの座席がない。このときはじめて、シヴァ様のお言葉が彼女にも呑み込めた。敬愛する夫シヴァ様があからさまな侮辱を受けたことを知ると、サティー様は心臓が火で焙られるような痛苦に襲われた。夫が受けた侮辱から生ずる悲しみの前には、夫に捨てられた悲しみなど取るに足らぬものに思えたのである。
(現世には恐ろしい悲しみが数限りなくあるが、なかでも一番たちが悪いのは、種姓に対する侮辱である。)
こう考えて、サティー様は激しい怒りに耐えかねている。母親が心配してなんとか宥めようとするが、シヴァ様に対する侮辱はどうしても我慢がならなかった。完全に自制心を失って、会場に集まった全員を激しく責め立て、厳しく咎める。
「満場の諸人よ! すべての仙人どもよ! よく聞け! この場所でシヴァ様を侮辱する言葉を発したり、シヴァ様を侮る言葉を耳にする者は、一人残らず厳しい報いを受けようぞ。わが父ダクシュも必ず、思い知るときがくるだろう。聖者、シヴァ神、ヴィシュヌ神を誹謗するものを見たら、力ある者はその者の舌を切れ! 力なき者は耳をふさいでその場を去れ! これがわたしの掟だ。
悪魔ツリプルを退治された大神シヴァ様は、宇宙の魂魄、世界の父、一切生類に福徳を賜る慈愛心の権化である。愚か者のわが父ダクシュは、いわれもなくシヴァ様を誹謗する。悲しいことにこの身は、ダクシュから生まれた。わたしは、雄牛にまたがり月を眉間の飾りとされるシヴァ様を胸に抱いて、いまこの場で汚れ果てた身を祭火に投じて焼き捨てる。」
そう言うとサティー様は祭場に設けられた燃えさかる熱火に身を投じて、一瞬のうちに灰と化す。祭場は、悲泣と恐怖のどよめきに覆われる。残された灰を目のあたりにして、シヴァ様が送られたお伴の一団は狼狽し、祭式は総崩れになる。聖仙人ブルグ様がなんとか大混乱を鎮めて、祭式の崩壊を防ぎとめる。
悲劇を知らされたシヴァ様は、激怒して従者ビルヴァドラを直ちに会場に送られる。ビルヴァドラはまず会場を滅茶苦茶に壊し、天人の一人ひとりにそれ相応の刑罰を与える。ダクシュがどうなったか? あらためて言うまでもないだろう。シヴァ様に反逆する者の、世に知られているあの状態である。この故事は世間周知のことなので、これ以上は省略する。
サティー様は身を捨てる直前にヴィシュヌ様に、
「何度生まれ変わっても、必ずシヴァ様の御足に熱愛を捧げる者として生命をお授けください。」
という祈りを捧げる。その祈りが聞き入れられ、サティー様はやがてヒマーラヤの王ヒマーチャルの家に生まれ、パールヴァティーと名づけられる。