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シュリーラーマチャリタマーナサ(12)

「サティー様の迷い」

 そのとき、サティー様の心に大きな疑念が生ずる。サティー様は胸のうちで、密かに自問自答をはじめる。(シヴァ様は宇宙の主神である。天人、人間、仙人などが等しく、わが夫シヴァ様を礼拝する。世界じゅうの善男善女が神徳を賛嘆してやまない。それなのに、シヴァ様は人間である一人の王子を見て、大自然の理法、情意、歓喜の体現者、至高至尊の主神と、ありったけの言葉で賛嘆される。凛々しい王子の姿に心を奪われて、現に喜びにうつつを抜かしておられる。宇宙に遍満する原理、現象界を越える法力、五官に捕捉しがたい不可思議相、無心平等、不生不滅、ヴェーダ教典でさえ本質を究めることができない絶対存在、その宇宙の最高神が肉体を持つ人間として地上に出現されるなんてことが、ほんとうにあるだろうか? 衆生の苦難を救うためにときに人身を受けられるというヴィシュヌ神も、わが夫シヴァ様同様全智全能の神である。ラクシュミー様の夫、悪魔の天敵、真理と一如の主神ヴィシュヌ様が、別れた妻のあとを未練がましく追うなどということが、あるものだろうか?
 かといって、シヴァ様のお言葉に嘘があるわけもない。シヴァ様が全智全能の神であられることは、疑いもないこと・・・・・・)

 このような疑問がとめどなく湧いてきて、サティー様の心はどうしても納得ができない。サティー様は口に出しては一言も言わないが、シヴァ様はすべてを見抜いて、「おお、サティーよ! それはお前たち女性特有の迷いというものだ。そんな疑いはけっして、心に近づけてはならない」と諭される。

「あの王子こそ、かつてアガスティヤ仙人がそのご功業を歌い讃え、わたしがその方への信仰を熱っぽく説いた、大宇宙の守護神の化身、ラグ族の勇者ラーマ様である。真理を悟った聖仙人の誰もがお使えする至尊の神だ。」

 シヴァ様は繰り返し繰り返し説明されるが、サティー様の心はどうしてもそのお言葉が馴染まない。

「真理に目覚めた覚者、仙人、苦行者、神通力を会得した聖者などがこぞって、心を浄めて一心に思幕し、ヴェーダ経典、古書、教学が言辞を尽くして《限りなきもの!》《全きもの!》と、ご威徳と讃えてやまない、広大無辺の大宇宙の主神、現象世界を草創する力、無礙自在の霊性、愁久の生命、宇宙生成の根本原理、かの大いなる神が、信者の幸せを願って自らラグ族の宝珠として、人間世界に下生されたのだ。」

 シヴァ様は懸命に説得されるが、どのような説得もサティー様の心にはいっこうに通じない。しまいにはシヴァ様も匙を投げて、ラーマ様の神通力の偉大さに舌を巻きながら、やさしく言い添えられる。

「それほどまでに疑うならば、自分で試してみるがよい。お前が帰ってくるまで、わたしはこの菩提樹の下で待つことにしよう。無智が産むその重大な迷妄から完全に覚めるように、心ゆくまでお前自身の判断力を働かせて、真実を正しく見極めることだ。」

 シヴァ様の許しを得て、サティー様はラーマ様のところに向かいながら、心のなかで決めかねている。

(試すといったって、どう試したらいいのだろうか?)

 こちらではシヴァ様が菩提樹の下に座ったまま思案されておられる。

(創造主の娘、サティーの運命は狂ってしまった。わたしがいくら言い聞かせても疑いが晴れないところを見ると、創造主からも見放されただろう。サティーの身には、もはや幸せはあるまい。ラーマ様がそれを望んでおられるのなら、いくら道理を説いても詮ないことだ。)

 そんなことを心のうちで呟きながら、シヴァ様はヴィシュヌ様の御名を唱えはじめられる。

 一方、その頃サティー様は、万福の根源、主ラーマ様のおられるところへ急いでいた。いろいろ考えた末に、サティー様はシーター様の姿に身を変える。そしてどこから見ても人間の王子としか見えないラーマ様の側にそっと近づいて行く。

 シーター様とそっくりの女性が向こうから来るのを見て、ラクシュマナ様は驚きのあまり一語も口をきくことができない。頭が惑乱してなにがなんだか訳がわからなくなるが、沈勇の士ラクシュマナ様はラーマ様の智力を信じて沈黙を守っている。あらゆる事象に通暁し、人の心の底の底まで見とおされる全能者主ラーマ様は、サティー様の欺瞞をすぐに見抜かれる。ただ御名を念ずるだけで無智の闇が消滅する知恵の光明、大宇宙の主神を前にして、サティー様はなおも自分はシーターであると言いはる。女の性が持つ、底知れぬ業の深さ。サティー様でさえ正体が見抜けない自分の方便の所作を密かに自賛しながら、ラーマ様は微笑を浮かべてやさしく声をかけられる。シーター様に姿を変えたサティー様を合掌礼拝してから、父の名前と自分の名前を名乗ったあと、「牡牛に乗られる大神、ブルシケトウ、シヴァ様は、いまどこにおられますか?あなたはまた、どうして森のなかを独りで歩き回っておられるのです?」と、尋ねられる。

 穏やかななかにも意味深長なラーマ様の言葉にサティー様は恐縮する。自分の犯した罪の深さに気づき、恐怖におののきながら、黙ってシヴァ様のところへ帰りはじめる。

(夫シヴァ様の言葉に耳を傾けず、自分の無智を棚にあげて神を試してしまった。シヴァ様になんと申し開きをしたらよいだろうか?)

 サティー様の心に、激しい苦痛が走る。いかにも悲しげなサティー様を憐れんで、ラーマ様はこのときほんのちょっぴり神通力の一端を示される。シヴァ様のところに帰る道すがら、サティー様に姿を見せられたのは、宇宙の主神としての自分の一面をサティー様に悟ってもらいたいと思われたからにほかならない。妻との別離で悲嘆にくれる仮の姿を見て、サティー様が深い迷いに落ちたのを気の毒に思われたのである。サティー様の心を、もとの素直で純真な状態に戻してやりたいという、神の深い慈愛のお計らいであった。

 サティ様が後ろを振り向くと、そこにも弟ラクシュマナ様と愛妻シーター様を従えたラーマ様が、清楚な法衣をまとって立っておられる。視線を片方にめぐらせるとそこにもラーマ様、別の一方を見るとそこにもまたラーマ様がおられる。大勢でかいがいしくラーマ様にお使えするのが見える。

 サティー様はこのとき同時に、無数の創造神ブラフマー様、守護神ヴィシュヌ様、破壊神シヴァ様のお姿を見る。神々はそれぞれに、計り知れない力を持つ。天人天女が色とりどりの衣で身を飾り、ラーマ様の御足を三拝九拝し、心をこめて身のまわりのお世話をする。とても数えきれないほど多くの三神の愛妻、ブラフマニー、ラクシュミー、そしてサティー自身の姿もそこに見る。諸天善神がラーマ様の側にはべって、それぞれに神変の相を現すのを見る。四方八方、あらゆる空間にラーマ様のお姿がある。その回りを大神通力を備えた無数の天人が囲い護る。世界じゅうの動不動、有情無情、生あるものと生なきものがそこにいるのを見る。さまざまな色彩に富む鮮やかな天衣をまとう美女たちが、ラーマ様を一心に礼拝するのを見る。

 豪華絢爛な諸天善神の衣装にくらべて、ラーマ様の装いはただ一種類である。シーター様を伴われるラーマ様のお姿は無数に見えるが、お姿は同じで変わりがない。四方八方ありとあらゆる空間に、同じ姿、同じいでたちのラーマ様、シーター様、ラクシュマナ様がおられる。壮絶な神々の荘厳の相に圧倒されて、サティー様は恐怖のあまり、心臓は激しく震え、知覚を失い、心は空っぽになって、ついには眼をつぶったまま地べたにうずくまってしまう。しばらくして正気に戻って眼を開くと、そこにはもうなんにも見えない。森の静寂があるばかりである。サティー様はラーマ様の御足に何度も何度も頭をさげて礼拝して、シヴァ様の御許に帰ってくる。シヴァ様はサティ様の顔をみて、微笑を浮かべながら尋ねられる。

「どんなふうにしてラーマ様を試したのか、なにもかも正直に話してみなさい」

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