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カルマパ十世チューイン・ドルジェの歌(1)

カルマパ10世チューイン・ドルジェの歌

 聖なるジェツン・チューイン・ドルジェは、チベットの王ニャトリ・ツェンポが最初にヤルラ・シャンポの偉大なるイハの雪山の山脈の麓で支配していた国であるヤルモ渓谷の吉兆な場所に住しておられた。
 ジェツンが、雪山の寒い地域から来たすべての哀れな人々を見たとき、悲しみが心の奥底から生じた。
 計り知れない、無量の慈悲と共に、彼は三宝の大海の本質を持つ栄光なるグルの慈愛に懇願した。
 この偉大なる魂もまた、輪廻の喧騒から遠く離れたリトリートで奮闘する誓いとして、このヴァジュラの歌を書き、カギュの先達たちの先例に倣った。

 偉大なる主ヴァジュラダラから、
 ワンチュク・ドルジェに至るまで、
 これらの悟りの不滅の系統は、
 衆生の利益のために奇跡を現した。
 現代の衆生は、災難に満ちている。
 どうか、ブッダの計り知れない慈愛の活動で、彼らをお守りください。

 わたしは、南方のモンの国境へ行くでしょう。
 わたしは、二種類の特別な、正真正銘の聖地を訪れるでしょう。
 わたしは特に、驚くべき息子の塔を歩き回るでしょう。
 わたしは、ラチの寺に行くでしょう。
 わたしは、南のトウォルンの寺を訪れるでしょう。
 わたしは、ハゲワシの巣の岩に住むでしょう。
 わたしは、主ミラの六つの要塞に、わたしの住処を定めるでしょう。
 わたしは、白い氷河の山に定住するでしょう。
 わたしは、主ミラ御自身のことを考えないでしょうか?
 今日もわたしは、心から彼に祈りを捧げます。

 悲しみに包まれて、わたしは出家することを心から欲した。
 このころわたしは、地獄のような病に苦しんだ。
 わたしは心から祈りを捧げ、インスピレーションを受けた。
 絶えず主に祈りを捧げることで、
 わたしの病は一瞬にして消滅した。
 わたしは、彼の慈愛に報いることは不可能だと悟った。

 現代は、どのような状況だろうか?
 派閥は、愛憎をたしなむ僧たちによって形成されているが、
 これらの了見の狭い人々は、礼儀正しいふりをする。
 彼らは、無意味な活動に巻き込まれ、
 策略的な心で欺き回す。
 聖なる帰依処としてこれらの人々に帰依する一切の者たちは、
 幸福を奪われる。

 この短い人生の中で、幸福を得るための手段はどこで見つかるのか?
 どんなに素晴らしくとも、命はやはり無常である。
 わたしが今この瞬間に死んだならば、
 忍び難い悲しみが、わたしの奥底から生じるであろう。
 わたしの昨年から今までの思考は、
 一瞬間ともわたしに幸福を与えなかった。

 涙がわたしの頬を濡らし、わたしは声を出して嘆き悲しむ。
 キェマ! 今からわたしが悟りを得るまで、
 幾多の追随者、召使、あるいは富は、
 たとえそれらが夢の中で生じても、魔王マーラに起因するものだ。
 それらをぶちまけ、放してしまえ。
 
 永遠なる目的を得ようと奮闘するあなたたちよ、
 わたしに頼る一切のあなた方追随者たちよ、
 もしあなたたちが血縁者、親しい友人などに執着しないならば、
 あなたたちは、強力な敵たちによって制圧されないだろう。
 あなたたちが行く土地すべてがあなたたちの家となるだろう。
 十方に広がる十不善などを、マーラの妨害として認識しなさい。
 手を叩き、魔よけの涙を流せ。

 一般に、真のタクポ・カギュは、
 特に、最上のトゥースム・キェンパ(カルマパ一世)とその修行の系統は、
 昼に見える星よりも稀有である。
 この伝統は、辛うじて壊れずに続いている。
 今、このカルマ・カギュの修行の系統は、
 冬季に種が発芽するようなものだ。
 いまだ辛うじて存続していることを理解し、
 あなたは、一意専心の忍耐を持つべきだ。

 この頃は、暗黒の時代の動きが見られる。
 悪魔を神々として供養することで、ある者はマーラをもたらす。
 魔が降りるならば、さまざまな望ましくない物事が生じる。
 イダムやダルマパーラを信じることなく、その者は失望する。
 それは、イダムやダルマパーラがわずかな慈悲しか有していないということではない。
 正しくは、あなたが彼らに信を持っていないのである。
 責任はあなたにかかっている。

 このようなカルパが生じるとき、
 悪意ある人々が、高位の者たちを非難する。
 崇高なる王は、平民の中で道に迷う。
 悪意ある人々の侮辱的言動は、国内の衝突を生む。
 彼らは、たとえ他者の生の心臓を食らっても満足しない。
 彼らは、一切の抗争の類を起こす。
 これが起きるとき、欠点のない衆生は、
 切り落とされた首のように、落ちる危険性がある。

 とりわけわたしは、月のようなアムリタの身体を持ち、
 月の涼しい光線のように煩悩を静める言葉を持ち、
 空のように、観念を超越した心を持つ、
 あなた、アヴァローキテーシュヴァラを熟考します。
 このときわたしは、友と敵という偏見から解放される。

 確かなカルマとその果報を思い起こし、
 わたしは、これがまことに真実であろうとなかろうと、よく検討すべきである。
 帰依の宝を思い出し、この歌はわたしの口から出てきた。
 これが出てきたから、わたしはそれを紙に書きとめた。
 わたしがそれを書いたのだから、さあ、わたしの追随者たちよ、それに歓喜せよ!

 わたしが十八歳のとき、わたしは、ヤルラ・シャンポの丘陵地帯で、これを書いた。

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