つじつま合わせの夢
眠って夢を見ている人の体に、誰かが、声をかけたり、肉体に何か刺激を与えたとしよう。それは彼の夢の中に、何らかのつじつまを合わせるかたちであらわれる。
たとえば寝ている彼の頭に少し水を振りかけたとしたら、彼は夢の中で、雨が降ってくる光景を見るかもしれない。
しかし別の時、家の中にいる夢を見ているときに水をかけられたら、彼はシャワーを浴びている夢を見るかもしれない。
これと同じことが、我々が現実だと思っているこの「夢のような世界」でも起こっているのだ。
つまり、すべては「何らかの別の力」に対する「夢の中のつじつま合わせ」である。
この力のことを、マーヤーという。
そしてこの力には、無明のマーヤーと、明のマーヤーがある。
現世のほとんどの現象は、無明のマーヤーの力に対するつじつま合わせである。
それは実際的にはカルマといってもいいのだが、一定のベクトルを持ったカルマの力が働き続けているので、ある人にとっての現実は、実は夢の条件によって少しずつかたちが変わっているだけで、似たような力に対する似たようなつじつま合わせの連続である。
そして、真理の教えや聖者や師との出会い、修行すること、利他のために生きること、神からの祝福――これらは、明のマーヤーの力に対するつじつま合わせだ。
この「明のマーヤー」とは、言い換えれば、神やブッダが皆さんを起こそうとして、皆さんの体を揺らしているのだ笑。
その振動が、皆さんの「夢のような現実」の中に、教え、師、聖者、神といったような「つじつま合わせの現象」を生じさせる。
素直にそれに身を任せたならば、あなたは目覚めることができるだろう。
そして目覚めたとき、自分もまた、もともとブッダ(覚者)だったことに気づくだろう。
あなたはただ眠っていただけなのだ。眠った覚者だったのだ。
そして、あなたが今見ているこの文章もまた、眠った覚者であるあなたを起こそうとして、神やブッダがあなたを揺すっている「明のマーヤー」による、「つじつま合わせの夢」であることは言うまでもない笑。
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