「解説・マルパの生涯」(7)
【本文】
マルパには数人の息子がいましたが、修行者の素質があるのはタルマドデという息子だけで、マルパは教えのすべてを、このタルマドデに授けました。しかし三度目のインド旅行からマルパがチベットに帰った後、落馬事故によってタルマドデは死んでしまいました。ナーローの予言どおり、マルパの子孫の系統は残らなかったのです。
ところで、マルパはトンジュクという秘儀を会得していました。これは自分の肉体から意識を抜け出させ、死んだばかりの死体に乗り移り、自在に動かし、また自分の肉体に戻ってくることのできる秘儀です。マルパはこの教えをタルマドデだけに授けたのですが、タルマドデが死んでしまったので、この教えはチベット仏教に残らなかったのでした。
ちなみにタルマドデは、死の間際に鳩の死体に意識を移し変え、そのままインドに飛んでいって、死んだばかりのある少年の肉体に乗り移りました。その少年は後に聖者ティプパとして有名になりました。
ナーローの予言どおり、マルパの最愛の息子が死んで、子孫の系統は途絶えましたが、教えの系統は、一番弟子ミラレーパが聖者として有名になり、その弟子ガンポパが教義体系を整理してカギュー派の礎を作り、その後、カギュー派の流れはチベット仏教でも一、二を争う大きな系統となって現代まで続いています。
はい。マルパは、そのトンジュクね、ここでも出しているあの『ナーローの六ヨーガ』にもちょっと載ってますが、まあ自分は生きているんだけど、死んだばかりの死体に、自分の意識をガッと抜け出させて、バッと入れてしまうと。で、それに乗り移るっていう一つの技法ですね。
これは前も何かのときに言ったけど、これは単に乗り移るだけだったら、ただのちょっとビックリ(笑)、すごい超能力みたいな感じなんだけど、これが偉大な解脱の方法として書かれているので、実はそれだけじゃないと思います。つまり、これは教えが途切れてしまったんで分からないんだけど、実はもうちょっと踏み込んだ、秘密が実はあると思う。わざわざね、それを取りにインドに行かなきゃいけなかったほどだったから。でもまあそれはタルマドデにしかマルパが伝えなかったんで、そこでタルマドデが死んじゃったんで、まあつまり表面的なものは残っているんだけど、その本質的な秘儀的な部分はちょっと伝わらなかったんですね。非常に残念ですね。
はい。で、タルマドデの話は何回かしているけど、聞いてない人もいるんで簡単にだけ言いますね。タルマドデは、まあ予言どおり落馬事故で死ぬわけだけど、もう瀕死のとき――瀕死っていうのは、もう頭から脳みそが飛び出してたんだね。飛び出しててもう、本当にもう、もうちょっとで死ぬっていうときに、マルパの弟子たちが集まってきてね、マルパの息子のタルマドデは、いわゆるトンジュクを会得しているはずだから、今こそ衆生のために、ね、誰かに乗り移ってくださいってお願いしたんだね。そしたらタルマドデが言うには、「いや、乗り移るのはいいんだけど、死んだばかりの死体が必要である」と。しかも、まあ条件としては、傷のない死体ですね。だからショック死とか、そういうのが一番いいんだね。「ショック死とかで死んだような死体を見つけてきてください」と。弟子たちはいろんなところに行って探したんだけど、運命的にマルパの子孫の系統は続かない運命にあったから、全く死体が見つからなかった。やっと弟子が見つけてきたのが、おばあさんの死体だったんだね。で、「これに移ってください」って言ったんだけど、タルマドデは、「あなたたちはあほですか?」ね(笑)。「こんなおばあさんに移ってもすぐ死ぬじゃないですか」(笑)。
(一同笑)
「意味ないじゃないですか!」と(笑)。ね(笑)。で、また四方八方探しまわって、まあ弟子もよほどもう焦ってたんだと思うんだけど、次に見つけてきたのが、鳩の死体だった(笑)。死んだばかりの、まあ傷のない鳩の死体を見つけてきたんだね。そしたらまたそこでタルマドデは、「何を考えているんですか?」と(笑)。「鳩に生まれ変わって何をしろというんですか」(笑)。
(一同笑)
ね(笑)。で、そこで、でも一部のマルパの弟子が、ちょっと疑念を持ち始めちゃったんだね。まあこれはもちろん良くないことなんだけど。つまり、「なんだかんだ言ってできないんじゃない?」ってね(笑)。なんか「おばあさんだから」とか「鳩だから」とか言って(笑)、本当はトンジュクできないんじゃない? っていう疑念が一部の弟子の中にわいたんだね。そこでタルマドデは、「あ、これはいけない」と。こんなことで疑念をわかせてたら、我が父であるマルパに対しても疑念がわくかもしれないから、ここはもう運命を受け入れてやるしかないって思って、鳩にトンジュクしたんです。で、その鳩にグッと意識を移し替えて、鳩がパッと蘇って(笑)、マルパの前で飛び出したんだね。で、マルパの肩に止まって。そのときのマルパの一言が面白いんだけど、奥さんのダクメーマにね、「妻よ」と。「われわれはこれから、この鳩を息子として扱わなきゃいけなくなった」と、こう言うんだけど(笑)。
で、そこでマルパは瞑想して、この鳩に生まれ変わった自分の息子の運命を読んでね、「おまえはインドに行く運命がある」って言って、インドに行かせるんだね。で、その鳩になった息子は、まあインドは遠いわけだけど、まあかなり疲弊しながらインドまで飛んで行って。で、まあここにも書いてある、死んだばかりのある少年――まあこれも運命だったわけだけど、そのころそこで、死んだばかりの少年がもうすぐ火葬にされようとしていた。その少年に意識を移し替えて、パッと蘇ったんだね。で、みんなビックリして、「ああ、よかったね、よかったね」と。「いきなり死から蘇った」。で、みんなから歓迎されたわけだけど、だんだんそのお母さんとか家族とかがちょっと気付きだしたんだね。なんか前と違うと(笑)。なんか前よりも優しいし、前よりもなんか教えのことをよく知っているし、前よりもなんか人格があると。で、「おまえは死から蘇ってからなんか変わっちゃったけど、一体どういうことなんだ?」って言って、「いや、実は……」って言って自分のことを話してね。で、それからこの人はティプパとして有名になって、まあ多くの修行を達成してね、聖者になった。
面白いのはさ、このあとにも出てくるけど、マルパの弟子ミラレーパね。このミラレーパの弟子で、まあミラレーパの一番弟子がガンポパっていう人だったんだけど、二番弟子がレーチュンパって人がいて。レーチュンパが、インドに旅したときにこのティプパに会っているんだね(笑)。ティプパに会って、ティプパに教えを受けているんです。だからすごく面白い関係だね。自分の師匠の師匠の息子が乗り移った人から教えを受けているって(笑)。非常に面白い感じだね。
はい、そして、まあそういう感じで予言どおり、マルパの血縁の系統はもう途絶えてしまったんだけど、その弟子の流れっていうのは、ミラレーパがチベットで一番愛されるぐらいの聖者として非常に有名になって、その弟子のガンポパが、さっきも言ったように――まあガンポパっていうのはこのあとの方でも出てきますが、非常にまあ現実的な能力がある人だったんで……つまりその(笑)、ミラレーパっていうのははっきり言うと現実的能力がないんで。放浪しているだけだから(笑)。放浪しているだけなのに弟子がどんどんついてくるっていうそういう、まあ偉大な聖者だったんだけど(笑)。現実的能力はゼロに近かったと。
前も言ったけどさ、わたしの好きなエピソードで、妹がね、久しぶりにミラレーパのもとを訪ねてったら、ミラレーパが真っ裸で、もう腰巻も着けていない。もう真っ裸で瞑想したりしてたから、「やめてください!」と。「もうどうかお願いだから、パンツだけは履いてください」と。ね(笑)。で、布を持ってきたんだね。布を持ってきて、で、食事もなかったんで、「わたしが今托鉢に行ってきますから、食べ物集めてきますから、お兄さん、その間に自分の腰巻をね、これで縫っておいてください」と。「お願いしますよ!」って言って、托鉢に出掛けたんだね。で、食物をやっとのことで探して戻ってきてみたら、ミラレーパは、「おお、おまえの言うとおり作ったぞ」って言って、見たら、なんかこうサヤみたいな筒みたいなものを十個ぐらい作って、一個自分の性器にこうはめて、あとのやつは指にはめていた(笑)。
(一同笑)
「ほら、どうだ」って(笑)。で、そこで妹は、「兄さんは人間らしいところが何も残っていない!」って言って……(笑)
(一同笑)
「うわああ!」って泣いたっていうんだね(笑)。で、そこでミラレーパが、「おまえは恥だ恥だとさっきから言っているが、本当の恥をおまえは知らない」と。「本当の恥とはこういうことを言うのだ」と言って、人間として生まれながら悪を積むことは恥であるとかね、人間として生まれながら、つまり人間っていうのは解脱に至る、神に至る、神へのね、その道を歩める唯一の貴重な存在なのに、それなのに、人間として生まれて表面的なプライドであるとか、財産であるとかを追い求める方が恥であるとか、そういうまあ立派な教えを説くわけだけど、でも現実的に見たら全くなっていないよね(笑)。
(一同笑)
そんなことやってたら(笑)、なんていうかな、教団は成立しない(笑)。うん。でもまあ、一部に強烈な熱心な信者がいっぱいできたわけだけど、ミラレーパだけだったらおそらく、なんていうかな、カギュー派っていうしっかりした体系はできていなかった。でもその弟子のガンポパが、すごいまともな人だったんだね(笑)。すごい現実的にも能力がある人で、まあつまりナーローパ、マルパ、ミラレーパと続いてきたその教えの流れを体系化して、で、組織も――まあミラレーパの弟子っていうのは本当に、ミラレーパはもうそういう組織に興味がなかった人だから。ただ放浪しているだけだから(笑)。そこら中にミラレーパのシンパがいるっていうだけだったんだけど、それを全部集めて、組織化したんだね。で、それによってカギューというその系統がね、まあ、今でもすごくその欧米とかで人気あるけども、現代まで続くぐらいになったってことですね。