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「愛情と義務」

(39)愛情と義務

◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ビーシュマ・・・ガンガー女神と、クル兄弟・パーンドゥ兄弟の曽祖父であるシャーンタヌ王の子。一族の長老的存在。
◎クリシュナ・・・パーンドゥ兄弟のいとこ。実は至高者の化身。
◎ドローナ・・・クル兄弟とパーンドゥ兄弟の武術の師。
◎クンティー妃・・・故パーンドゥ王の妻。パーンドゥ兄弟の母。
◎カルナ・・・実はパーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃と太陽神スーリヤの子だが、自分の出生の秘密を知らず、ドゥルヨーダナに忠誠を誓う。

※クル一族・・・盲目の王ドリタラーシュトラの百人の息子たちとその家族。
※パーンドゥ一族・・・ドリタラーシュトラの弟である故パーンドゥ王の五人の息子たちとその家族。パーンドゥの五兄弟は全員、マントラの力によって授かった神の子

 クリシュナ自らがドゥルヨーダナを説得に行ったにもかかわらず、クル軍とパーンドゥ軍の戦争が回避できそうもないと知ったとき、パーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃は悲嘆にくれながら、こう思いました。
「ビーシュマとドローナとカルナ、この三人が力を合わせた時の強さに、果たして息子たちが勝てるだろうか。クル軍の中ではこの三人だけが、息子たちを殺せる力を持っているのだ。
 でもドローナ師はまさか、私の息子たちを殺さないだろう。だってかわいい弟子たちなのだから・・・。できるだけ戦場で会わないようにしてくれるかもしれない。
 ビーシュマ爺さんも、孫に当たる私の子供たちを、殺す意思はないだろう。
 しかしカルナは違う。カルナは何とか私の息子たちを殺し、手柄をとって、ドゥルヨーダナを喜ばせたいと思っている。
 そうだ、今こそカルナに彼の出生の秘密を話そう。それを知ったら彼はきっとドゥルヨーダナの元から離れるに違いない。」

 こう考えて、クンティー妃は、カルナが日課の祈りをしているガンジス河の岸辺に行きました。

 カルナはガンジス河の岸辺で、太陽に向かって両手を上げたまま、深い瞑想に入っていました。クンティー妃は静かに彼の後ろに立ち、祈りが終わるのを待ちました。数時間後、太陽の熱が彼の背中をさすようになってやっと、カルナは祈りを終えました。

 祈りを終えて振り返ったカルナは、そこにクンティー妃が立っているのを見て驚きました。急いで布を彼女の上にかざし、強い日差しから守ってあげました。しかしなぜパーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃が自分を待っていたのか、驚きを隠せません。

「クンティー妃よ、御者の息子である私が、あなたさまに敬礼いたします。何か御用でしょうか。何なりとお申し付けください。」

 このように恭しく挨拶をしたカルナに、クンティー妃は言いました。

「カルナよ、お前は御者の息子ではありません。あなたの父は太陽神スーリヤであり、母は王家の血を引くこの私なのですよ。」
 こうしてクンティー妃は、カルナの出生にまつわる話をすべて、彼に明かしたのでした。
※第七話参照

 クンティー妃は、続けて言いました。
「つまりお前は偉大な王家の出であり、太陽神の息子であり、そしてパーンドゥの息子たちは、お前の兄弟なのです。
 お前はそれを知らずにドゥルヨーダナと手を結んで、パーンドゥ兄弟を憎むようになってしまった。ドゥルヨーダナの家来として生きることは、お前にふさわしくありません。ユディシュティラたちのところへいらっしゃい。そして晴れてパーンドゥの王族のひとりとなるのです。お前とアルジュナたちが悪者どもを打ち負かしてくれたら、どんなにうれしいか! そうなれば全世界はお前の思いのまま、お前たちの名声は世界の果てまでも届くことでしょう。五人の兄弟に取り囲まれたお前は、神々にかしずかれたマハー・ブラーフマー神のように輝くことでしょう。」

 こんな話をいきなり聞かされたカルナは当然驚き、そして実の母であるクンティー妃に対する、大きな愛情が沸き起こってきました。しかも長時間にわたって太陽に祈りをささげた後に聞いた話だったので、これはパーンドゥのもとへ行けという太陽神のお告げではないかと感じました。
 しかし次の瞬間、「いや、これは太陽神が、私の忠誠心と心の強さを試しておられるのだ。」と思い直しました。

 カルナは、実の母であると聞かされたクンティー妃への愛情、そしてパーンドゥ家の一員になれば自分には成功が待っているという思いを、強い意志の力でおさえつけました。カルナは自己の心を制しながら、悲しげに、しかし断固とした口調で、こう答えたのでした。

「母上様、あなたがおっしゃることは、ダルマではございません。もし私が義務の道からそれたならば、私は戦場で受けるいかなる重傷よりも、私自身を傷つけることになりましょう。
 今私がパーンドゥ側に走ったら、臆病風に吹かれたのだと、世間の人々に笑われることでしょう。すでに私はクル族の食客となり、家中第一の勇士としてことごとく信用され、数え切れぬ恩恵と親切を受けてまいりました。それなのに今になってあなたは私に、恩義ある人に背いてパーンドゥ側につけとおっしゃる。
 ドゥルヨーダナたちは私のことを、今回の戦争という大洪水を乗り切るための箱舟として、大変信用してくれています。それに私自身が彼らにけしかけたのですよ、戦争をしろと。今になって彼らを見捨てられますか? それでは卑劣な裏切り者、見下げた忘恩の徒ということになりませんか? 
 お母さん、私はドゥルヨーダナたちに借りを返さなければならないのです。ですから私はあなたの息子たちと、全力を挙げて戦います。どうかお許しください。
 しかし、実の母であるあなたの愛情と嘆きをまったく無視するわけにも参りません。私はアルジュナだけと戦うことにします。ほかの息子たちがどんなに戦いを挑んできても、私は彼らを決して殺しません。だから死ぬのは、私かアルジュナか、どちらかということになるでしょう。
 ですからお母さん、私を入れた六人の息子のうち、死ぬのは一人だけです。五人は生き残ることになるでしょう。」

 自らが最初に産んだ息子が、肉親の愛情に屈せず、クシャトリヤ(武士)としての生き方を忠実に貫こうとして断固とした態度をとったのを見て、クンティー妃の胸は、複雑な激情で渦巻きました。しかしあえて何も口にせず、クンティー妃はカルナをしっかりと抱きしめ、そして静かに離れていきました。

 「誰も運命に逆らうことはできないのだ。でもカルナは、他の四人の息子は殺さないと言ってくれた。それで十分です。神よ、あの子を祝福してください。」

 このように思いながら、クンティー妃は家に帰ったのでした。

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