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「ヴィヴェーカーナンダ」(9)

 夏が過ぎ、インドの雨季が訪れても、ナレーンドラは相変わらず仕事を探していました。
 ある夜、帰宅途中のナレーンドラは、雨でずぶぬれでした。一日中何も食べておらず、体も心もつかれきっていました。
 とうとう一歩も動けなくなり、見知らぬ家のベランダに横になると、そのまま意識を失いました。
 ナレーンドラの心の中を、様々な思いと影像がよぎっていきました。そして突然、神の力によってナレーンドラの意識が引き上げられ、それまで抱いていた神への疑念の一切が取り除かれたのでした。
 ナレーンドラは歓喜に包まれて立ち上がり、家へと向かいました。あれほどあった疲労感はすべて消えうせ、心は無限の平安と力に満たされていました。ちょうど、夜が明けようとしていたころでした。

 この経験によってナレーンドラは、世間の賞賛にも非難にも、自分の苦しみも喜びにも、全く無頓着になったのでした。金を稼いだり、世俗の楽しみを求めるために自分が生まれた来たのではないという事を、ハッキリと自覚するようになりました。そして、彼の祖父と同じように、世を捨てて出家修行者になろうと秘かに心に決めたのでした。

 ナレーンドラが、自分が出家する日を秘かに決めたとき、ちょうどその日に、ラーマクリシュナがカルカッタの信者の家にやってくることを知りました。ナレーンドラは、これは非常な幸運だと思いました。世を永久に離れる前に、グルにお目にかかり、祝福を受けるべきだと思ったのです。
 しかしラーマクリシュナはナレーンドラに会うと、ドッキネッショルに来るようにしつこくせがみました。ナレーンドラはあれこれ言い訳をして断りましたが、ラーマクリシュナは聞き入れませんでした。仕方なくナレーンドラはラーマクリシュナと一緒に馬車に乗ってドッキネッショルへ向かいましたが、その間、ほとんど会話は交わしませんでした。
 ドッキネッショルにつくと、ナレーンドラは他の信者と一緒に、ラーマクリシュナの部屋に座りました。しばらくすると、ラーマクリシュナは法悦状態になり、ナレーンドラに近づくと、手をとって、涙を流しながら歌いだしました。

語るのが怖い。
語らないのが怖い。
あなたを失うことが怖くて。

 ナレーンドラは必死で自分の感情を抑えていましたが、もはやそれは抑え切れませんでした。ナレーンドラもラーマクリシュナも、涙でびしょぬれになりました。
 誰にも言わなかったナレーンドラの思いを、ラーマクリシュナはすべてご存知だったのです。

 その様子を見て他の人々は驚きました。ラーマクリシュナが通常の意識状態に戻ったとき、ある信者が、一体何があったのかとたずねましたが、ラーマクリシュナは言いました。
「気にしないでいい。これは私たち二人の間だけのことで、他の者には関係のないことなのだよ。」

 その夜、ラーマクリシュナは他の信者たちを帰らせ、ナレーンドラと二人きりになると、感動に声を詰まらせつつ、ナレーンドラに言いました。

「お前が母の仕事をしにこの世に来たのは知っている。お前には決して世俗の生活を送ることなどはできないのだ。
 しかしお願いだ。私が生きている間は、家にとどまっておくれ。」

 こう言うと、ラーマクリシュナは再び涙を流したのでした。

つづく

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