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「ビーマとハヌマーン」

(26)ビーマとハヌマーン

 聖地巡礼の旅を続けていたパーンドゥ一家が、ヒマーラヤのある森にとどまっているとき、そよ風が、ドラウパディーのそばに、一輪の美しい花を運んできました。ドラウパディーはそれを手に取ると、その見たこともないような美しさ、芳しさに有頂天になり、ビーマにそれを見せて言いました。

「御覧なさい、この花を! なんて甘い香りでしょう! 本当にきれいだこと! ユディシュティラに持っていってあげましょう。これと同じ種類の花を、もう少しつんできてくださいな。カーミャカの森に持って帰って、植えて増やしましょう。」

 そう言うと、ドラウパディーはその花を持って、ユディシュティラのもとへと走っていきました。

 愛するドラウパディーを喜ばせたくて、ビーマはその花を探しに行きました。花が飛んできたと思われる方向にどんどん歩いていくと、ある場所で、巨大な猿が寝そべって道をふさいでいました。
 ビーマは大声で叫び、猿を驚かせてどかせようとしましたが、猿は面倒くさそうに片目を開けて、言いました。
「俺は気分がすぐれないからここで寝ているんだ。なぜ起こす? お前さんは利口な人間で、俺はただの獣だよ。道理をわきまえた人間なら、自分より劣った動物を哀れむのが当然だ。お前さんは善悪の区別もつかないのかね?
 いったいお前さんは誰かね? どこへ行くつもりだい? この山道は、これ以上先には行けないよ。ここから先は神様方の道だからね。人間はここまでだ。この園にある好きな果物を好きなだけ食べて、おとなしく帰りなさい。」

 これほど軽くあしらわれたことのなかったビーマは、腹を立てて叫びました。
「お前こそ何者だ!? たかが猿のくせに、えらそうなことをぬかしおって。俺はクシャトリヤの勇士だ。クル王の子孫、クンティー妃の息子だ。しかも、俺は風神ヴァーユの息子なのだぞ。さあ、そこをどけ。さもないと痛い目にあうぞ!」

 これを聞くと、その猿はにやりと笑って答えました。
「お前さんの言うとおり俺は猿だが、この道を無理に通ろうとすれば、そっちのほうこそ身の破滅だぞ。」

「貴様の忠告など聞きたくないわ。俺が破滅しようがしまいが、貴様に関係のないことだ。さあ、早くどけ。ぐずぐずしていると蹴飛ばすぞ!」

「俺はたいそうな年寄りで、起き上がる力もないのさ。どうしても通りたいなら、俺を飛び越えていったらどうかね?」

「そんなことは簡単だが、聖典で禁止されているからな。そうでなければ、貴様だけでなく、この山もひとっとびだ。ちょうどハヌマーンが海を飛び越えたようにな。」

 すると猿は驚いた様子で言いました。
「ほう、そのハヌマーンというのは、いったいどんな方なのですか? ご存知なら聞かせてくださらんか。」

「貴様はハヌマーンを知らないのか。彼はヴァーユの息子であり、俺の兄貴に当たるのだが、ラーマの妃シーターを探すために、海をひとっとびしてセイロン島に渡ったのだ。その有名な話を知らないのか?
 俺はそのハヌマーンと同じ強さと勇気を持っているのだ。わかっただろう。さあ、起きて道をあけろ。」

「それはそれは、大豪傑殿。ま、我慢してください。強い人は優しくあるべきです。年寄りや弱い人に対して慈悲心を持たなければなりません。とにかく俺はひどく老いぼれて元気がないのでね。聖典の定めによって俺の体を飛び越すことができないならば、俺の尻尾をちょっと向こうに動かして、通ったらいいよ。」

 力自慢のビーマは、尻尾をつかんで猿の体全体を持ち上げて、道からどけてやろうと思いました。しかし驚いたことに、ビーマが全力をあげても、猿の尻尾はびくとも動かないのでした。ついにビーマは恐れ入って、深々と頭を下げ、謙虚に猿に聞きました。

「あなたはどなたですか? 私の無礼をお許しください。あなたは修行の出来上がったお方か、何かの神様ですか?」

 その猿は答えました。
「やあ、強力無双のビーマよ。俺が、君の兄貴にあたるそのハヌマーンだよ。
 この道の先は霊界に通じていて、その辺は人食い鬼たちの住処になっている。あいつらに会うと危険だから、止めたんだよ。普通の人間はここから先には行けないし、行けば生きては帰れない。
 だが、君の探している花は、すぐそこの川辺に咲いているから、持っていきなさい。」

 これを聞いて、ビーマは喜びました。
「こんなところで兄さんに会えるとは、俺はなんと幸運なんだろう!
 お願いします、兄さんが海を跳び越したときの姿を、ぜひ見せてください。」

 こう言うと、ビーマはハヌマーンの前に平伏しました。

 ハヌマーンはにっこり笑ってうなずくと、みるみる体を大きくして、山のようになり、あたり一面、ハヌマーンの体以外には何も見えなくなりました。兄の聖なる姿を目の当たりにしたビーマは、感動のあまりわなわなと身を震わせました。そしてハヌマーンの体から発される光に目がくらんで、手で目を覆ってしまいました。

 ハヌマーンは体を元の大きさに戻すと、ビーマを抱きしめました。その瞬間から、ビーマの体は、以前よりももっと強くなりました。

 そしてハヌマーンはビーマに言いました。
「勇ましい弟よ。みんなのもとへお帰り。必要なときにはいつでも、俺のことを思い出すがいい。
 お前を抱きしめたとき、もったいなくも聖ラーマのお体に触れたような喜びを感じたよ。」

 ビーマは言いました。
「あなたにお会いできたことで、パーンドゥ兄弟は祝福されました。あなたの強さを吹き込まれたので、私たち兄弟は必ず敵に勝つことでしょう。」

 最後に、ハヌマーンはビーマを祝福すると、お目当ての花が咲き乱れている場所を指差しました。ビーマは彼の帰りを待ちわびているドラウパディーのことを思い出し、花を摘み集めると、急いでドラウパディーのもとへと帰っていきました。

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