「ビーシュマの最期」
(45)ビーシュマの最期
▽パーンドゥ軍
◎アルジュナ・・・パーンドゥ兄弟の三男。クンティー妃とインドラ神の子。弓、武術の達人。
◎シカンディン・・・ドルパダ王の娘。ビーシュマを殺すために生まれてきた。もとは女性だったが、苦行によって男性になった。
▽クル軍
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ビーシュマ・・・ガンガー女神と、クル兄弟・パーンドゥ兄弟の曽祖父であるシャーンタヌ王の子。一族の長老的存在。
◎カルナ・・・実はパーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃と太陽神スーリヤの子だが、自分の出生の秘密を知らず、ドゥルヨーダナに忠誠を誓う。
それは戦争が始まって十日目のことでした。アルジュナはシカンディンと一緒に、ビーシュマを攻撃していました。シカンディンがアルジュナの前につき、その後ろからアルジュナが攻撃していたのです。
ビーシュマは、シカンディンを攻撃することができませんでした。なぜならシカンディンは、苦行によって男になったとはいえ、もとは女性だったからです。ビーシュマは、女性と戦うのは戦士らしくないという信念を持っていたので、シカンディンとも戦わないと、心に決めていたのです。
一方のシカンディンは、もともとビーシュマを殺すために生まれてきたような人物ですので(第三話参照)、容赦なくビーシュマに攻撃を浴びせ、そのうちの一つの槍が、ビーシュマの胸にぐさりと突き刺さりました。
前方にいるシカンディンをビーシュマが攻撃できないのをいいことに、アルジュナも心を鬼にして、シカンディンの後方から、ビーシュマに対して雨のように絶え間なく矢を射続けました。それらが、鎧の隙間から、ビーシュマの肉体にグサグサと刺さりました。
ビーシュマは言いました。
「ああ、これはアルジュナの矢だよ! シカンディンのじゃない。なぜなら、カニの子が母親の体を裂き破って出て来る時のように、私の肉がぴりぴり痛むからね。」
ビーシュマ長老は、アルジュナの放つ矢を、このように思いながら受けていたのです。
ビーシュマは、もう自分の戦いはこの辺で終わりだと思い、盾と剣を持って、戦車を降りようとしました。そのとき、アルジュナの矢がその盾を粉砕し、次の瞬間、ビーシュマの体中に矢が突き刺さり、ビーシュマはそのまま戦車の上からまっさかさまに落下しました。このとき、天上から見ておられた神々は、彼に向かって恭しく合掌して、芳しい香りのそよ風を送り、涼やかな雨を降らせて、戦場をあまねく清浄にしてくださったといいます。
このようにして、偉大で善良なビーシュマは倒れました。
ガンガー女神の息子は倒れました。
大地と大地の生むすべてのものを清めるために、この地上に降りてこられたかのガンガー女神の息子は、倒れました。
この清廉潔白な英雄は、かつて父を喜ばせるために自ら進んで、王子としてのあらゆる権利を放棄したのでした(第二話参照)。
弓の名手、正しいダルマのためには自分を捨てて働く人ビーシュマは、こうしてドゥルヨーダナに義理を果たし、自らの血によって戦場を清めながら、傷ついた体を死の床に横たえました。
しかしビーシュマの体は、横になっても大地に触れていません。なぜなら、体中に矢が突き刺さっているので、その矢がまるでベッドのようになって、ビーシュマの体を支えているのでした。彼の肉体は今までにないほど輝いています。
このとき、両軍は戦いをやめ、両軍の戦士たちは皆、瀕死の重症で弓の床に横たわる偉大な英雄の周りにかけよってきて、取り巻きました。地上の王たちが頭をたれて彼を取り巻く様は、まさに神々が大梵天を取り囲んでいるかのようでした。
「頭が垂れ下がっている」と、ビーシュマが言いました。
近くにいた王族たちが、急いでやわらかい枕を持ってきました。しかしビーシュマは微笑んでそれを拒絶し、アルジュナのほうを向いて言いました。
「アルジュナよ。戦士にふさわしい枕を、私におくれ。」
アルジュナは、自分の矢を三本取り出して、ビーシュマの頭を支えるようにして、大地に突き刺しました。
ビーシュマは言いました。
「アルジュナの矢こそ、私の枕にふさわしい。私は満足だ。
私はもうしばらく、魂が肉体を離れることなく、このままでいなければならぬ。私が死んだら、そのときまでまだ戦死せずに生きておられた方々は、ここへ来て私を見てほしい。」
それからビーシュマは再びアルジュナに向かって言いました。
「喉が渇いた。水を飲ませておくれ。」
するとアルジュナは、矢を大地に放ちました。するとその矢が突き刺さった場所から、ビーシュマの母であるガンガーが、清らかな甘い水となってあふれ出し、ビーシュマの口まで達し、息子の喉の渇きを潤しました。ビーシュマはまことに幸せな気分でした。
そしてビーシュマは、ドゥルヨーダナに言いました。
「ドゥルヨーダナよ、賢くなれ!
アルジュナが、どのようにしてわしの喉の渇きを癒したかを見たか。この世界にこんなことのできる者が、他にいると思うか? 一刻も早く、彼と仲直りしなさい。わしの死と共に、戦争を終結させなさい。王子よ、わしの言うことを聞いて、パーンドゥ軍と講和しなさい。」
ドゥルヨーダナは、この言葉が不満でした。しばらくして戦士たちは皆、各自の陣地に引き上げていきました。
みなが再び戦場に戻った後、カルナはビーシュマのもとに駆け寄り、平伏してこう言いました。
「わが一族の最長老であられるお方よ。身に覚えがないに関わらず、悲しくもあなた様のご不興をこうむった私、御者の息子が、恭しく足元に平伏いたします。」
カルナの丁重な挨拶に感動したビーシュマは、優しくカルナの額に手を当てて祝福を与えると、言いました。
「若者よ。お前は御者の息子ではない。お前は太陽神スーリヤの息子であり、クンティー妃が最初に産んだ子なのだ。この世の秘密をすべてご存知のナーラダが、このことをわしに知らせてくださった。
わしはお前を嫌ってなどいないよ。ただ、お前がわけもなくパーンドゥ兄弟を憎み、日増しにそれを増長させていくのを見るのが悲しかったのだ。
お前がどれほど武芸に秀で、またどれほど気前が良い性格か、わしはよく知っているし、感心もしている。
パーンドゥ兄弟と仲良くしなさい。同じ母から生まれた兄弟なのだから、そうするのがお前にとって正しい生き方だ。
わしがこの戦争から退場するのと同時に、彼らに対するお前の敵意も打ち止めにしてもらいたいものだ。カルナよ、これがわたしの願いだ。」
カルナはビーシュマの言葉を恭しく聞いた後、こう答えました。
「じい様。私は自分がクンティー妃の子であることを知っておりました。しかし私はドゥルヨーダナの禄を食みましたので、彼に対して忠実でなければなりません。だから今ここでパーンドゥの方へ行くことなど、私にはできません。私に寄せられたドゥルヨーダナの愛と信頼にこたえ、自分の命を賭けてその義理をお返しすることをお許しください。
言葉においても行動においても、私はずいぶん間違いを犯しました。なにとぞ、すべてを水に流してお許しくださり、ドゥルヨーダナのために戦う私を祝福してください。」
ビーシュマはカルナの言葉を聴いてしばらく考えた後、こう答えました。
「お前の思うとおりにしなさい。それが正しい道だ。」
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