yoga school kailas

「パーンドゥ兄弟の出撃」

(31)パーンドゥ兄弟の出撃

☆主要登場人物

◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎ビーマ・・・パーンドゥ兄弟の次男。クンティー妃と風神ヴァーユの子。非常に強い。
◎アルジュナ・・・パーンドゥ兄弟の三男。クンティー妃とインドラ神の子。弓、武術の達人。
◎ナクラ・・・パーンドゥ兄弟の四男。マードリー妃とアシュヴィン双神の子。非常に美しい。剣術の達人。
◎サハデーヴァ・・・パーンドゥ兄弟の五男。マードリー妃とアシュヴィン双神の子。
◎ドゥルヨーダナ・・・クル兄弟の長男。パーンドゥ兄弟に強い憎しみを抱く。
◎ドラウパディー・・・パーンドゥ五兄弟の共通の妻。
◎ヴィラータ王・・・マツヤ国の王。
◎キーチャカ・・・シュデーシュナー妃の弟。非常に強い、マツヤ国の国軍総司令官だったが、ビーマに殺された。
◎ビーシュマ・・・ガンガー女神と、クル兄弟・パーンドゥ兄弟の曽祖父であるシャーンタヌ王の子。一族の長老的存在。
◎カルナ・・・実はパーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃と太陽神スーリヤの子だが、自分の出生の秘密を知らず、ドゥルヨーダナに忠誠を誓う。
◎クリパ・・・クル兄弟とパーンドゥ兄弟の武術の師。ドローナの義兄。
◎ドローナ・・・クル兄弟とパーンドゥ兄弟の武術の師。

※クル一族・・・盲目の王ドリタラーシュトラの百人の息子たちとその家族。
※パーンドゥ一族・・・ドリタラーシュトラの弟である故パーンドゥ王の五人の息子たちとその家族。パーンドゥの五兄弟は全員、マントラの力によって授かった神の子。

 パーンドゥ一家が放浪に出て13年目に入ってから、ドゥルヨーダナの手下のスパイたちは、パーンドゥ一家の居所を探し回っていました。もしこの一年の間にドゥルヨーダナたちに見つかってしまったら、パーンドゥ一家はさらに12年間、放浪を続けなければいけないという決まりだったからです。

 そんなとき、マツヤ国の強者として知られるキーチャカが、王妃の侍女に手を出そうとして、侍女の夫であるガンダルヴァ神に殺されたというニュースが入ってきました。

 ドゥルヨーダナ一味の会議の席上で、一人のスパイが、これについて意見を述べました。
「キーチャカは大変な強者で、キーチャカを殺せる可能性のある人物は、この世に二人しかいない。それはビーマとバララーマだ。私の意見では、キーチャカを殺したのはガンダルヴァ神などではなく、ビーマなのではないか。そしてその発端となった侍女というのは、ドラウバディーなのではないかと思います。
 ということはパーンドゥ一家は今、マツヤ国に潜んでいるのではないかと思われる。しかしあそこのヴィラータ王は融通の利かぬ男だから、こちらの懐柔策には乗ってこないだろう。それならばいっそのこと、マツヤ国に攻め入るのがいいと思います。パーンドゥ一家の性格からして、ヴィラータ王に恩義を返すために、必ずあいつらは戦いに出てくるだろう。そうすればあいつらは再び森で12年間放浪しなければいけなくなる。また、仮にあいつらがいなかったとしても、われわれには失うものは何もないというわけです。」

 マツヤ国の仇敵であるトリガルタ国の王スシャルマンは、ドゥルヨーダナと手を結び、この会合に参加していました。スパイのこの意見を聞くと、スシャルマンは大賛成して言いました。
「マツヤ国はわれわれの仇敵です。キーチャカのために、われわれはどれほどひどい目にあったことか。キーチャカがいなくなった今、マツヤ国などおそるるに足りません。ぜひあの国を私に攻撃させてください。」

 こうしてマツヤ国に攻め入るという方向で話し合いが続けられ、まずスシャルマン王が率いるトリガルタの軍が南方からマツヤ国に攻め入り、それにマツヤの軍が防戦に出て都が手薄になったところへ、ドゥルヨーダナ率いるクル族の軍が北方から急襲するという作戦が実行されることになったのでした。

 早速スシャルマン王率いるトリガルタの軍が南方からマツヤ国に攻め入ってきました。こんなときにいつも活躍してくれるキーチャカはもういません。狼狽する王に、出家僧のカンカが言いました。
「王様、ご心配なさいますな。私は今でこそ出家僧でありますが、もとは軍事の専門家なのです。鎧を着けて、戦車に乗って、あなた様の敵を撃退して差し上げましょう。
 ところで、料理長のヴァララと、馬舎で働いているダルマグランティと、牛舎番のタントリパーラにも、戦車に乗って戦うようにとお申し付けください。彼らもなかなかの強者と聞いておりますからね。」

 こうして、身分を隠しているパーンドゥ兄弟は、アルジュナ以外みな、ヴィラータ王とともに、トリガルタ軍撃退のために出撃したのでした。

 戦いは激戦となり、両軍ともに多数の死傷者が出ました。スシャルマン王はヴィラータ王を生け捕りにし、戦意を失ったマツヤ軍は、四方に散らばり始めました。
 これを見てユディシュティラはビーマに、ヴィラータ王を奪還し、四散したマツヤ軍を再集結させよ、と命じました。
 この言葉を受けたビーマは、勇み立ち、傍らにあった大木を引き抜こうとしましたが、ユディシュティラがあわてて押しとどめました。
「いたずらをするな。そんなことをしたら、お前の身元がばれてしまうぞ。戦うときも、普通の兵士と同じように、普通に戦ってくれ。」

 兄の言いつけどおり、ビーマは普通のやり方で戦い、見事にヴィラータ王を取り戻し、逆にスシャルマン王を生け捕りにしました。そして散り散りになったマツヤ軍を集めて再編成し、トリガルタ軍に徹底的な打撃を加えました。

 このように国の南方で激しい戦争が行なわれているとき、ドゥルヨーダナの軍が、作戦通りに、手薄になったマツヤの都を、北方から攻め入ってきました。人々は、ヴィラータ王の息子であるウッタラ王子に助けを求めました。多くの人が見ている前でもあったので、ウッタラ王子は熱い血潮が体中にたぎるのを覚え、顔を赤くして誇らしげに答えました。
「もし誰かが私の御者になってくれるなら、私はたった一人でも、ドゥルヨーダナの軍を打ちやぶってやるのだが・・・。
 私の武勇は、並みのものとはわけが違う。あの有名なアルジュナと比べても、見劣りはしないだろうよ。」

 これを聞いて、ドラウパディーは心の中で笑いました。そして彼女はウッタラー姫に、こう言いました。
「王女様! 王子様の御者を務めるのに、最適な人物がいます。それはあの宦官のブリハンナラです。彼は実はかつて、アルジュナの御者だったのです。また、アルジュナから弓術の指南も受けていたそうでございます。」

 それを聞いたウッタラー姫は、ブリハンナラのところへ行って、こう言いました。
「クル軍が北方から攻め入ってきて、王の財産や牛を略奪しています。あの卑怯なやつらは、王の留守を狙って侵入してきたのです。サイランドリーから聞きましたが、お前は以前、アルジュナの御者をしていて、弓術もうまいそうですね。すぐに行って、ウッタラ王子の戦車に乗っておくれ。心配しなくとも、王子がお前の身を守ってくださいますよ!」

 笑いたくなるのをこらえて、適当にためらい、遠慮したあとで、ブリハンナラは命令に従うことにしました。そしていかにも鎧には慣れていないようなふりをして、鎧を着けるときにわざと失敗したりしながら身支度を整えました。そんな様子を見ていた宮殿の女たちは、面白そうに笑いながら彼を励ますのでした。
「怖がらなくてもいいのよ。ウッタラ王子様があなたを守ってくださいますよ!」

 ブリハンナラは彼女たちに、
「王子は見事に勝利するでしょう。」
と言うと、王子を乗せた戦車を操り、戦場へと向かっていきました。

 ウッタラ王子は、ブリハンナラが操縦する戦車に乗って、颯爽と戦場へと向かっていきましたが、だんだんと敵の陣容が見えてくるにつれて、ウッタラ王子の勇気はだんだんかれてきて、ついには干上がってしまいました。というのはクル軍は途方もない大群であり、しかもそれを率いているのは、ビーシュマ、ドローナ、クリパ、ドゥルヨーダナ、カルナといった、世に名だたる戦士たちだったからです。

 ウッタラ王子の口はからからに渇き、頭髪は逆立ち、手足は震えました。王子は現実逃避し、自分の目を両手で覆いました。
 王子はブリハンナラに言いました。
「私がたった一人で、あの大軍に攻撃を仕掛けるなどできるわけがない。さあ、ブリハンナラ、町へ帰ろう!」

 しかしブリハンナラは笑って、こう答えました。
「王子よ、あなたは大決心をして、町を出発してきたのではございませんか。婦人や市民たちは大いに期待しているのですよ。私も、サイランドリーが王女に推薦してくれて、こうしてあなた様の御者としてここにやってまいりました。このまま逃げ帰ったら、末代までも笑い種になります。戦車は戻しません。さあ、しっかり戦いましょう。怖がることはありませんよ。」

 そのような会話をしているうちに、ブリハンナラとウッタラ王子の戦車は、もうクル軍の顔がはっきり見える位置にまで来ました。
 ウッタラ王子は見るも哀れなほどおびえて、震えた声で言いました。
「駄目だ。私にはできない。女たちが笑いたけりゃ勝手に笑わせろ。かまうものか。カマキリが斧を振り上げて戦車に立ち向かっても、全く無駄なことだ。私は馬鹿じゃないぞ!」
 こう言うと、ウッタラ王子は戦車から飛び降りて、狂人のような有様で、町へ向かって一目散に走って逃げていってしまいました。

 ブリハンナラは逃走する王子を追いかけ、とどまってクシャトリヤらしく行動しなさい、と叫びました。ブリハンナラはウッタラ王子を捕まえようとしますが、王子はするりするりとブリハンナラの手を必死にかわし、追いかけっこが続きました。
 この光景を遠くで見ていたクル軍の戦士たちは、これは滅多に見れない見世物だとばかりに、面白がって見物していました。

 ドローナはこの御者を見て、不思議な気分になっていました。この御者は、女のような衣装を着ていますが、眺めているうちに、なぜかアルジュナのことを思い出したのでした。

 哀れなウッタラ王子は、望みどおりの財宝を褒美にやるから自分を逃がしてくれとブリハンナラに懇願し、言いました。
「私は母のたった一人の息子なのだ。母は目に入れても痛くないほどかわいがって私を育てたのだ。私は恐ろしい! 頼む、逃がしてくれ!」

 しかしブリハンナラは、王子を不名誉から救おうと思っていたので、王子の逃走を許しませんでした。やっとのことで王子を捕まえて、無理やり戦車の中へ押し込みました。そして王子の恐怖をやわらげるように、優しく言いました。
「心配いりません。私が彼らと戦いますから。あなたは馬の面倒を見て戦車を運転してください。あとのことは皆、私がいたします。私を信じて、決して逃げてはなりませんよ。私たちは敵を追い出して、財宝や牛を取り戻すのです。その手柄はすべて、あなたのものです。」

 こう言うとブリハンナラは王子に馬の手綱を握らせて、墓地の近くにある樹木のほうへ戦車を走らせるように頼みました。
 
 二人の様子を注意深く観察していたドローナは、この女のような格好をした不思議な御者こそ、まさしくアルジュナであるということを悟り、それをビーシュマにも教えました。

 戦車が樹のそばまで来ると、ブリハンナラは王子に言いました。
「戦車を降りてあの樹の上に上り、枝の間にぶら下がっているものを取りおろしてください。あの中には、パーンドゥ家の武器が入っているのです。」

 王子が樹に登り、そこにあった革袋を取りおろし、あけてみると、太陽のように光り輝く武器が現われました。
 ウッタラ王子は驚いて立ちすくみ、思わず眼を覆いましたが、それに触ってみると、なんともいえぬ気高い勇気と希望が体中にあふれてきました。

 王子はブリハンナラに言いました。
「ブリハンナラよ、これはすばらしい! この弓矢と剣はパーンドゥ家のものだとお前は言ったが、パーンドゥ一家のことを、お前は知っているのか? 今彼らはどこにいるのだろうね?」

 そこでアルジュナはウッタラ王子に言いました。
「皆、ヴィラータ王の宮殿に住んでいます。王の遊び相手を勤めている出家僧のカンカは、実は長兄ユディシュティラなのですよ。
 おいしいご馳走を作って王を喜ばせている料理長のヴァララ、彼こそ大豪傑のビーマです。
 女王に仕えている侍女のサイランドリーは、パーンドゥ兄弟の妃であるドラウバディーです。
 馬舎で働いているダルマグランティはナクラ、牛の世話をしているタントリパーラはサハデーヴァです。
 そしてかく言う私はアルジュナです。
 王子よ、心配なさるな。すぐに私が、クル軍を蹴散らしてごらんにいれましょう。これによってあなたは名声を獲得し、またいい勉強にもなるでしょう。」

 ウッタラ王子は、アルジュナの手をしっかり握って言いました。
「アルジュナ! この目であなたの姿が見られるとは、私はなんと幸運な人間だろう!
 アルジュナは勇者の中の勇者、勝利の象徴です。手に触っただけで、私の体の隅々に、勇気がみなぎってまいりました。知らなかったとはいえ、今までのご無礼をどうかお許しください。」

 自分より能力の劣る者を見下げることは、人間の一般的な本性です。しかしアルジュナは普通の人間ではなく、偉大な精神の持ち主であり、まことの英雄だったので、自分の強さを誇って自慢するのではなく、弱い者を助けて彼らをより強く高い状態に引き上げるのが、真の強者、勇者の義務であることを知っていたのです。天が自分に古今まれな勇気と強さを恵みたもうたのであって、自らの力でそれを得たのではないということを知っていたので、真の謙虚さを持ち、決して自分の美点をひけらかすことはなく、このときも、何とかウッタラ王子に勇気を与え、良い経験を積ませてやり、手柄を立てさせてやろう、そのために自分はできるだけのことをしてやろうとだけ考えていました。

 クル軍のいる場所へ向かう途中、王子の中に今新しく目覚めた勇気を、王子がしっかりとつかんでいられるように、アルジュナは、今までの武勇伝のいくつかを、王子に話して聞かせました。
 そして敵の面前に来ると、アルジュナは戦車を降りて、神に祈り、貝の腕輪をはずして革の籠手をつけました。そして髪の毛をしっかりと縛ると、しばし黙想してから、戦車に乗り、天下にその名がとどろいているガーンディーヴァの弓に、懐かしげに手を触れました。そしてその神々しいばかりの雄姿で戦車の上にすっくと立ち、法螺貝を高らかに吹き鳴らすと、クルの軍は驚き騒ぎ、狂乱の叫びを上げました。

「あれはアルジュナの法螺貝の音だ! パーンドゥ兄弟が現われたぞ!」

share

  • Twitterにシェアする
  • Facebookにシェアする
  • Lineにシェアする