「ドローナの最期」
(46)ドローナの最期
▽パーンドゥ軍
◎クリシュナ・・・パーンドゥ兄弟のいとこ。実は至高者の化身。
◎ユディシュティラ・・・パーンドゥ兄弟の長男。クンティー妃とダルマ神の子。
◎ビーマ・・・パーンドゥ兄弟の次男。クンティー妃と風神ヴァーユの子。非常に強い。
◎アルジュナ・・・パーンドゥ兄弟の三男。クンティー妃とインドラ神の子。弓、武術の達人。
▽クル軍
◎ドローナ・・・クル兄弟とパーンドゥ兄弟の武術の師。
◎カルナ・・・実はパーンドゥ兄弟の母であるクンティー妃と太陽神スーリヤの子だが、自分の出生の秘密を知らず、ドゥルヨーダナに忠誠を誓う。
ビーシュマが戦列を離れた後、クル軍の指揮はドローナがとる事になりました。そしてその後の数日間の戦闘で、両軍共に多くの戦士が戦死しました。ドゥルヨーダナは多くの弟たちを失い、またアルジュナの息子のアビマンニュなども死を遂げました。
戦争も後半戦に入ると、日が沈んだらその日の戦闘は終わりというルールも守られなくなり、暗くなってからも戦闘が続くということもしばしばありました。
ビーマの息子であるガトートカチャと、彼が率いる阿修羅の軍隊は、夜に最も強くなるという種族的特徴を持っているので、戦争14日目の夜、彼らはクル軍を急襲しました。阿修羅の軍隊は、不気味に空を飛び交いながら、クル軍を攻撃しました。
カルナは、インドラ神からもらった、絶対的な効果を持つシャクティという槍を一本持っていました。しかしこの槍はたった一度しか使えず、一度使うと消えてしまうというものでした(第10話参照)。
カルナはこの槍を、宿敵であるアルジュナを倒すためのものとして大事に取っていたのですが、この真夜中の阿修羅軍の不気味な攻撃に理性を失い、阿修羅軍のリーダーであるガトートカチャに向かって、この必殺の武器を放ちました。こうしてビーマの息子のガトートカチャは死に、必殺のシャクティ槍は消えました。
アルジュナの息子のアビマンニュに続いてビーマの息子も死に、パーンドゥ軍は悲しみに包まれましたが、その後も戦闘は続きました。特にクル軍の総司令官であるドローナが圧倒的な強さでパーンドゥ軍を攻め立て、パーンドゥ軍は大打撃をこうむっていました。
しかもドローナは、ブラフマ・アストラという、宇宙原理を応用した必殺の武器を持っていましたが、まさに今、それを使おうとしていました。それは、もし今ここでそれを使われたら、一発でパーンドゥ軍は全滅しかねないというほどのものでした。
クリシュナはアルジュナに言いました。
「アルジュナよ。このままではドローナにわが軍は壊滅させられてしまうぞ。
ドローナを打ち倒すことはなかなか難しい。しかし一つだけ方法がある。
ドローナは本来、何に対しても執着のない男だが、ただひとつ、息子のアシュワッターマンにだけは強く執着している。彼の性格からいって、アシュワッターマンが死んだと聞けば、戦意を失ってしまうだろう。
だから誰かが、『アシュワッターマンは死んだ』という嘘をつくのだ。それによってドローナの攻撃を止めることができるだろう。」
このクリシュナの提案を聞いて、アルジュナは恐ろしさで身震いしました。彼は「うそつき」にはなりたくなかったのです。そばにいた他の者たちも皆、この役目を辞退しました。
ユディシュティラはしばし沈思熟考していましたが、
「私がその罪をしょいましょう。」
と申し出ました。
これにはみなが驚きましたが、ユディシュティラは、ドローナによる自軍の壊滅からみなを救うため、自分が罪を背負おうと考えたのでした。
ビーマも、このユディシュティラの決心に力を貸すことになりました。まずビーマは、アシュワッターマンという名の象の頭に槍を振り下ろし、この象は即死しました。そこでビーマは、「私はアシュワッターマンを殺したぞ!」と、大声で、ドローナにも聞こえるように叫びました。
生まれてこの方、こんな下等なことはしたことがなかったビーマは、恥ずかしさで顔が真っ赤になりました。
ドローナは、今まさに必殺のブラフマ・アストラを発射しようとしているときに、このビーマの叫び声を聞きました。ドローナは「まさか・・・」と思いましたが、
「ユディシュティラよ、私の息子のアシュワッターマンが殺されたというのは本当かね?」
と、ユディシュティラに向かって聞きました。ドローナは、ユディシュティラは決して嘘は言わないと確信していたからです。
ユディシュティラは、これから犯す罪の恐ろしさに身を震わせて立っていましたが、
「みなを救うために、私が罪を負えばいいのだ」
と自分に言い聞かせ、心を鬼にして、大声で叫びました。
「その通り。アシュワッターマンは殺されました。」
しかしどうしても良心がとがめるユディシュティラは、その後に小さな声で、
「ただし、象のアシュワッターマンが。」
と付け加えました。しかし戦場の騒々しさで、その声はドローナには届きませんでした。
ユディシュティラの乗る戦車は、常に地面からわずかに浮いていました。しかしユディシュティラが不真実の言葉を口にしたとたん、戦車は地上に落ち、車輪は地に接触しました。
愛する息子が殺されたと聞いたとたん、ドローナの生きる意欲は、すべて失せてしまいました。戦意も、その他の思いも、まるですべて最初からなかったかのように、きれいさっぱりと消えてしまったのでした。
こんな状態のドローナにさらに追い討ちをかけるように、ビーマは次のような厳しい言葉を浴びせかけました。
「ドローナよ。あなたは本来はブラーフマナ(僧侶階級)であるにも関わらず、自らの天職を投げ捨てて、クシャトリヤの道である武の道を選び、多くの王族たちを破滅させた。
不殺生こそは第一のダルマであり、ブラーフマナこそはそのダルマの維持者であると、あなたは教えた。それなのに、あなたはその教えを自ら否定して、恥ずかしげもなく殺人の専門家となったのだ。あなたがこの罪深い生活に堕落したことは、われわれにとって大きな不幸であった!」
ビーマのこの叱責の言葉は、すでに生きる気力を失っていたドローナを、耐え難いほど苦しめました。
そしてドローナは武器をすべて投げ捨てると、戦車の上で座法を組んで瞑想に入り、トランス状態に入ってしまいました。
そのとき、ドローナの宿敵であるドリシュタデュムナが、ドローナを討つためにドローナの戦車によじ登りました。
本来は、こんな状態のドローナを攻撃するのは、武士道精神に反する恥ずかしいことです。しかしドリシュタデュムナはもともと、父であるドルパダ王の苦行の力により、ドローナを殺す運命を持って生まれてきた男でした(第11話参照)。その運命の力に駆り立てられ、周囲に沸き起こる非難と嫌悪の声にも耳を貸さず、ドリシュタデュムナは一撃の下に、無抵抗状態のドローナの首をはねたのでした。
ドローナの魂は肉体を離れ、きらきらと輝きながら、天へと昇っていきました。
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