解説「人々のためのドーハー」第二回(5)
このように、真の土台から外れて物事を思考する者のために
グルの指示が、すべてを明らかにする。
サラハは言う。おお、無智なる者たちよ。正しく知れ。
存在の多様性も、思考の一つのかたちに過ぎないのだ。
人の真の本性は、他者によって明らかにすることはできない。
しかしそれは、彼のグルの指示によって、明らかにされる。
そこには、微塵の邪悪さも存在しない。
法と非法は、二つとも浄化され、焼き尽くされる。
彼の心が清められたとき、
グルのすばらしい特質が、彼の心に入っていく。
サラハはこの明智について歌う。
タントラやマントラには、尊重を払わない。
はい。「存在の多様性も、思考の一つのかたちにすぎない」――つまりこの「存在の多様性」っていうのは、普通にわれわれが今認識してるこの世界です。つまりこの世界には多様なものが――ちょっとこれも誤解を恐れずに言うと、すべては一つなんです。わたし、あんまり「すべては一つ」っていう言葉、使いたくないんだけどね。今、流行ってるから(笑)。「ワンネス」とかね、「すべては一つ」って流行ってるから、ちょっと使いたくないんだけど、でも誤解を恐れずに言うと、すべては一つなんです。ね。すべては一つなんだが、でもふと見ると、当然この世界は多様であるように見える。全然一つではないと。ね。でもその多様性すら、「思考の一つのかたちに過ぎない」。これはだからさっきから言ってる、この世界そのものがわれわれの心なんですよと。
これはさ、わたしみたいに空想癖のあった人はよく分かるかもしれないよね。わたしは、何回も言ってるけど、小さいころとか通学時間長かったから、通学時間によく空想ばっかりしてたんだね。で、いろんなことを空想してリアルにイメージしたりしていたわけだけども。つまり、例えば自分がね、現実ではないんだけども、例えば野球で勝ってるイメージとか、あるいは自分がなんか、そうだな――まあ、だいたい都合のいい空想なんだけどね、空想っていうのはね(笑)。例えばわたし絵が好きだったので、絵を描いて、なんか賞をもらってる空想とか、あるいは日常的な、友達とのいろんなやり取りの空想とかしてるわけですね。で、こんな空想っていうのはもちろん、ただの空想にすぎない。心の現わした幻にすぎないわけだけども、でも今われわれが現実だと思ってるこの世界も、実は似たようなもんなんだよと。われわれの心が現わしてる空想にすぎない、っていうことを、サラハはここで言い切ってるわけだね。
でもこれはもちろん、サラハだけではなくて、大乗仏教や密教で常に言ってることです。まあ、っていうよりも、ほとんどのヨーガや仏教の教えの真髄は、ここにまず行き当たる。つまりすべては空想ですよと。ね。皆さんが「現実だ!」と思ってるこの外的世界、全部空想ですと。心の空想です。ね。これは非常に恐ろしい教えなんです、ある意味では。仏典にはね、昔お釈迦様がこれを弟子に説こうとしたら、弟子が、「そんな怖いことを言うのはやめてください!」って言って。で、お釈迦様はそこで教えをやめたっていう話があって(笑)。うん。それだけ、なんていうかな、リアルにこれを考えると非常に怖くなってくる。ね。
つまり、われわれが生まれてからね、ずっと真実だと思って生きてきたこの外側の世界が、全部空想ですよと。ね。
例えばね、あなたちょっと嫉妬心が強いから、ほんとはそうじゃないのにあの人がこういうふうに見えちゃいますねと。それ、空想ですよと。これならまだ分かるんだけど、じゃなくて、全部空想ですよと。空想じゃないものはありませんよ、とまで言いきるんだね。
でもこれもまだ、なんていうかな、そこにまだあまり突っ込まなくてもいい。つまりそれは、ここでサラハがこういうことを言ってるのは、われわれに、これをね、学んでる人に、悟りの一つの種を与えてるんだね。あるいは悟りのエッセンスを与えてるわけだね。もちろんこれはこれとしてしっかりわれわれは学んでおいて、で、いつも言うようにしっかりと、特に現代の場合はね、さまざまな修行を行ない、教学から始まり、徳を積み、呼吸法、ムドラー、あるいはアーサナ等の肉体行、そしてしっかりと神や聖なるものへの帰依心を高め、といった、そういう基本的なことを行なったときに、このサラハのようなエッセンスが生きてきます。で、それがあるときパッと花開くときがあります。「あ、サラハが言ってたのはこれだったのか」と。あるいは「先生が言ってたのはこのことだったのか」っていうのが、パッと明らかになることがある。だからそれは、今はそういう感じでサラッと、そういうものなのかっていう感じで学んでおいたらいいと思いますね。「すべては思考の一つのかたちである」と。はい。で、そのような、土台から外れて、その思考の幻の中にはまってる人のために、「グルの指示が、すべてを明らかにするんだ」と。
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