パトゥル・リンポチェの生涯と教え(43)
◎アリの原生林での修行
パトゥルと彼の心の弟子ニョシュル・ルントクは、シュクチェン・タゴと現在のドゥドゥプチェン僧院の間のドコク(ド渓谷)を流れるド河の両岸にある森林で覆われた山の傾斜に位置するアリの原生林(地元ではアリ・ナクとして知られる)で、長い歳月を瞑想修行に費やした。
彼らは、密林の中の小高い丘の上の開けた場所にある木の下で暮らしていた。そこへ来るような者は誰一人としていなかったので、二人は邪魔されずに修行をすることができたのである。彼らは、身に着けている衣、数冊の経典、いくらかのバター、そして数袋のツァンパ以外、何も持っていなかった。
正午に、彼らはお茶とツァンパの質素な食事をとり、ツァンパの袋を縛ると、それを木の枝につるし、そのまま放置しておくのだった。それからパトゥルは入菩提行論の数行の教えについて解説をした。
詩節の終わりのところにくると、パトゥルは解説をやめ、「アー!」と二回叫んだ。弟子と自分自身に、すべての現象の絶対的な本性である空性を思い出させるために。――この音は、それを示していると言われている。
それからパトゥルは一人で森の中へ消えていくのだった。
パトゥルは一晩中、森の中で過ごしていた。その自然環境から身を守るのは、厚手の白いフェルトの衣だけであった。
翌日の正午に、パトゥルはまた突然現われ、ツァンパを少し食べると、教えを説き、再び森の中へ消えていくのだった。
パトゥルは何か月もそのようにして暮らし、原生林の中で瞑想修行を行なった。
朝には時々、チベット鶫(ジョルモ)と共に歌を歌った。ジョルモのさえずりは感動的で、まるで嘆き悲しむかのように響き、自然と無常を思い起こさせてくれるのだった。
「われわれは、このさえずりに敬意を払わねばならない。」
パトゥルはルントクに言った。
「ああ、キェマ、私も! ああ、キェフ、お前も!」
パトゥルは、アリの森は、入菩提行論の第八章に述べられている特質を備えており、瞑想するのに理想的な場所だと言って称賛した。
それは次のような内容である。
「身体を(世間から)、そして心を(愛欲等の雑念から)引き離すことによって、散乱は生じない。ゆえに世間を捨離し、雑念を放棄すべきである。
心の停止(シャマタ)によって、観察力(ヴィパシャナー)を十分に具えた者は、煩悩を滅ぼしうる――と、かように知り、まずはじめに、心を静めることを追求すべきである。そしてそれは、世間に対する無頓着の喜びから生ずる。
樹木は他を軽蔑しない。また好意を得るに努力を有するものでもない。ともに住むに楽しい彼らたちと、いつ私は住居をともにしうるか。
さびしい祠、あるいは木の根、あるいは洞穴に止住して、いつ私は心に何事にもこだわることなく、後ろを顧みずに、立ち去りえようか。
自由な広々とした自然の土地に、いつ私は、自在に行動し、家を離れて時をすごしえようか。
ただ土製の鉢のみを所有物とし、盗人も奪い去らない衣をつけ、いつ私は恐れなく、身を守らずに時を過ごしえようか。」