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クリアーライトのヴィジョンとゾクチェンの修行の秘訣の教え(3)

 生起する思考の滴(ティクレ)を直接見ることができたら、思考は自ずと消滅し、その原初のティクレをはっきりと見ることができるだろう。このように、ティクレは、むき出しの裸の状態で見ることができるのである。

 この瞑想は、至福・光・無思考などといったような経験へのとらわれがあってはならない。それは、「これが心の本性である!」と断定した心が作り上げた思考の対象を超越している。ゆえに、このような瞑想は、思考という範疇を超越しているのである。

 「ティクレを認識した意識で、心の無為自然の境地を持続すること」は、修行の極めて重要なポイントである。これは、自然に起こるのである。

 しかし、知性の力を使ってリクパの境地を掴もうとして、それに装飾を加えたり混ぜ物を入れたりしようとすると、それをした分だけ、人は道から外れる。ゆえに、決してそれに手を加えてはならないのだ! それを台無しにしてはならない!

 無為自然のダルマターのティクレを認識していない者たちは、ゾクチェンの道に気付くことができないであろう。ゆえに、経典はそれに気が付いていない修行者たちに訴えかけているのである。

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