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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第一回(13)

(K)先生、質問なんですけど、疑念に巻き込まれたら、なかなか自分で気づけないじゃないですか。そういうときに、神に心を開くっていうこと以外で、もうちょっと具体的なやり方で、自分の疑念に気づいたり、それを飛ばすようなやり方ってあります?

 それはね、「疑念に気付けないときに、気づくやり方ありますか?」ってそれは質問が変なんだけど(笑)、でもそれをね、つまり事前に防ぐ方法として、やっぱり加行みたいな、ああいうコンスタントな修行ね。やっぱそれしかないんだね。これは疑念だけじゃないんだけど、例えば慢心とかもそうだけども、われわれが気付きにくい煩悩ってあるよね? もういつの間にかそれに巻き込まれると。それを防ぐためには、コンスタント――つまり一日一回とか、あるいは一日に数回に分けて、それをやる時間を作ると。だからわたし皆さんの何人かに加行与えてるけども、例えばですよ――まあもちろん加行っていうのはさ、皆さんできる範囲でやればいいんだけど、仕事とかいろいろあるだろうからね。でも一応の理想を言うとね、例えばですよ。はい。じゃあ朝、昼、夕方18時頃と、夜寝る前とか、ポイントがあったとしてね。例えば人によってはさ、「お、今日朝調子いいな」と。「じゃあ昼と夜と寝る前の分もやっちまおう」と(笑)。「これで夜は楽できる」――これは駄目なんです。もちろん朝一生懸命修行してもいいけども、それは加行には入らないっていうか。それはもうプラスアルファとしてやると。で、夜になったらまたその分やんなきゃいけないわけだけど、「もう今のうちにやっちゃえ」みたいのがあると、ちょっと加行が働かないんですね。そうじゃなくて、コンスタントにこの時間にこれをやるって決めると。そうするとそれが自分を引き戻してくれるんだね。
 で、わたしが皆さんに加行与えてるやつっていうのは、だいたいね、その意味を込めてる部分が多い。つまり、意識を引き戻すようなのをいっぱい入れてるんだね。例えば、『入菩提行論』を読むとか、『バガヴァッド・ギーター』を読むとか、この詞章を唱えるとかっていうのは、その人が変な状態になってたとしても、それによってバッと引き戻されることを狙ってるっていうか、願ってるわけですね。そういう感じで防御するしかないね。
 あとはまあ、もちろんムドラーとかもそうだけどね。例えばエネルギー的にもし疑念に陥りやすい人がいたとしたら、それは気が下がりやすいっていうことだから、それはもうコンスタントにムドラーによって常に気を上げてくようにするとか、あるいはもうさっき言った逆のパターンとしては、自分の心に疑念を呼び起こすような余計な情報は見ないっていうことだね。あまりにも多くの本を読み過ぎないとか、あるいはインターネットとかもそうだけど、あるいは人との会話とかもそうだけど、余計な情報はあんまり入れないと。
 もちろんね、何度も言うけど、自分が確固とした状態になってるっていう確信があるならいいんだよ。でも自分が過去振り返るとすぐに疑念に陥るとかね、すぐに慢心に陥るとか、そういう欠点があると思う人は、できるだけそういう情報はシャットアウトした方がいい。そういういろんな工夫によって、防御態勢を作るしかないんだね。うん。

(K)もしぼくがすごい疑念に入ってるとして、先生がぼくを助けようとするとしたら、どういう言葉を……

 (笑)。疑念に入ってるとして? 

(K)はい。

 それはケースバイケースだね。うん。あの、疑念に入ってるとしてっていうか、もちろんその前にさ、確固たるその純粋な信が完成してる人の方がもちろん少ないっていうか、ほとんどいないわけだから、ある意味ではみんな、疑念と信の狭間で生きてるんです。その中でいかにその疑念を弱めていって、信をどんどん純粋化させていくかの修行だから、それはK君だけじゃなくて、みんながね、それぞれの疑念を、少しの疑念を持っていて、で、信も持ってると。そういう状況だね。だから疑念はあるけど、例えばそこにまだ心がいってないだけなのかもしれないし。だからその疑念の種みたいのはどんどん潰していかなきゃいけない。
 それはだからK君自身もね、もし自分なりにね、自分のパターンの疑念の出方とかが過去振り返って分析できるんだったら、自分なりに分析して、それに対する対処法とかもいろいろ自分で編み出してもいいかもしれない。だからそういう感じで――まあ対抗治療っていうんだけど――オーソドックスな一般論的な対抗治療とは別に、自分に合う対抗治療ってあるんだね。これもだから疑念だけじゃないんだけど、わたしもよくあったけど、わたしの中でこういう心がいつも出ると。でも、あのときにこういう心が出たときに、この本読んだらよみがえったと。だからこれをコンスタントに読もう、とかね。そういうのを自分で見つけてもいいかもしれない。
 本当はね、わたしはね、自分の経験から、「あ、これも良かった。これも良かった」っていっぱいあるんです。でも、それを加行を与えてる人に全部入れようとうすると、一日十時間ぐらい修行しなきゃいけない(笑)。そうなるとちょっとそれは無理なんで、まあ加行とかは少なくするわけだけど。だからそれはまた皆さん自身でも見つけていったらいいと思うね。
 で、いつも言うけども、結構ね、皆さん見つける人いるんですよ。見つけるけども、それをほっぽる人が多いんだね。例えば、「あ! これやったら心が変わった」とかいう経験何度もあるでしょ? でもほっぽってるでしょ? 皆さんそれ。そのときのアイテムを大事にしてないんだね。「先生、あのときこう心が変わったんです。」「え? どうやって変わったの?」「あ、なんだっけな? なんか読んだんですよね」と(笑)。だからもっとそれを大事にして、まあみんなカルマが違うから、それぞれに合った、心を引き上げるものっていろいろあるんだね。もちろんそれはカルマが変わってくればそれが効かなくなる場合もあるけども、でも効くかもしれないから、そういうのはどんどん自分で工夫して、いろいろやるといいと思うね。

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