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要約・ラーマクリシュナの生涯(34)「ナレンドラが師から受けた薫陶」(2)

◎ナレンドラの父の死

 1884年はじめ、ナレンドラの生涯の一大事が起こった。ナレンドラの父のヴィシュワナートが、心臓発作を起こして急死してしまったのだ。

 ナレンドラは父親の葬儀を行なった後、調べてみると、家の経済状態が惨憺たるものだったことを知った。気前の良いヴィシュワナートは収入以上の出費を続け、借金だけを残して亡くなっていたのだ。
 ヴィシュワナートの気前の良さから世話になっていた親類たちもいまや敵に回り、ナレンドラの家族を家から追い出そうとたくらみ、裁判沙汰になった。
 父親が死に、収入がなくなった今、ナレンドラが一家の長として、六、七人の家族を扶養しなければいけなくなった。今まで裕福な家庭で何不自由なく育てられてきたナレンドラは、途方にくれてしまった。必死で仕事を探し求めたが、なぜか全く職を得ることができなかった。

 三、四ヶ月たっても、この苦境は変わらなかった。ナレンドラは、照りつける日差しの中を栄養不足でふらつきながら、毎日はだしで一軒一軒職探しに走り回った。しかしどこに行っても断られた。この世において無私の思いやりが稀有なものであり、貧者や弱者の居場所などないということを、この経験からナレンドラは思い知らされた。少し前には、「あなたの役にたれれば幸せだ」と言ってくれていた人でさえ、顔をしかめ、取り合ってもくれなくなった。
 こうしたあらゆる悲しい現実に直面すると、ナレンドラには、この世は悪魔が作ったものではなかろうか、とさえ思われるのだった。
 あるとき、疲労困憊したナレンドラが木陰に腰を下ろしたとき、彼の友人の一人が、ナレンドラを励ますために、神の歌を歌ってくれた。

風が吹く、ブラフマンの息吹が。
『彼』の恩寵を感じる。

 この歌を聴いたとき、ナレンドラは憤慨した。母や弟たちの哀れな暮らしを思うと、憤りと絶望から、『黙ってくれ!』とその友人に叫んだのだった。
「贅沢な暮らしをしている人には、そんな空言も結構なことだろう。飢えの苦痛など想像もつかない人、身内がぼろをまとって飢えていない人には結構な歌だろう。」
 それはかつてはナレンドラにも美しく聞こえた歌であったが、人生のどん底にいきなり落とされたナレンドラにとっては、無情なあざけりにしか聞こえなかったのだった。

 後にナレンドラ(ヴィヴェーカーナンダ)は、こう述懐している。
「友人は私の言葉にひどく傷ついたことだろう。私にこんな言葉を吐かせた赤貧を、どうして彼に理解できただろうか?
 朝起きて食べ物が足りない日には、『友人に昼食に呼ばれています』と母に嘘をついて家を出た。何も食べない日もあったが、自尊心から、私はそれを誰にも話さなかった。
 『ひどく顔色が悪いし、悲しそうだよ』と言ってくれる人はごくわずかだった。そんな中でただ一人、私は黙っていたのに、事態を察した友人がいた。彼は母に時々匿名で送金をしてくれていたのだった。彼への恩は決して忘れないだろう。」

 ナレンドラの子供時代の友人には、若いころに堕落して、悪徳商法に手を染めた者たちもいた。彼らはナレンドラの窮状を知ると、仲間に引きずり込もうとした。
 また、ある裕福な女性は、以前からナレンドラに夢中になっていたが、機会到来とばかりに、財産もろとも自分を娶って、貧困にけりをつけないかと申し込んできた。ナレンドラは嫌悪感から、その申し出をきっぱりと断った。
 他の女性が同様の申し出をしてきたときも、ナレンドラはきっぱりとこう言った。
「ああ、あなたはつまらない肉体の満足を求めて、人生を台無しにしてきたのだ。いまや死が面前に迫っているのです。その準備はできているのですか? 汚らわしい欲望を避けて、神に祈りなさい。」

 これほど苦しんでもナレンドラは、神の存在に対する信仰を失ったり、「神は哀れみ深い」ということを心から疑うことはなかった。
 しかしある朝、ナレンドラが神に祈りを捧げているのを見た母は、きつく言った。
「お黙りなさい! お前は子供のころから神の御名を唱えている。神がお前に何をしてくれたというのです?」

 この母の言葉に、ナレンドラはひどく傷つき、自問した。
「神は本当におられるのか? もしおられるなら、われわれの熱烈な祈りに応えてくださるのだろうか? これほどの祈りに応えてくださらないのはなぜなのか? 神の善なる国にこれほどの苦難があるのはどうしてなのか? 神の創造物にこれほど悪がはびこっているのに、どうして神が慈悲深いといえようか?」

 ナレンドラは子供のころから、心に思ったことを隠すことができず、何でも口に出してしまう性分だった。よってこのころ彼は、「神は存在しない。たとえ存在したとしても、結果が得られないのだから祈っても無駄だ」と、攻撃的な言葉を吐き続けた。その結果、
「ナレンドラは無神論者になり、酒を飲み、悪人と交わり、いかがわしい場所に出入りしているようだ」
という根拠のない噂が、たちまちに広がった。しかしナレンドラはその性格上、そういう噂を聞くほどに、弁解するどころかますます反抗的な態度になり、こう言うのだった。
「この苦しみに満ちた世間にあって、酒を飲んだり、売春宿に通ったりして悲運を忘れられるなら、何の反論もない。たとえ一瞬でも幸せになれると確信できるなら、わたしもやってやろう。」

 このような噂は、ナレンドラの法友であるラーマクリシュナの信者たちの耳にも入り、彼らは真相を確かめにナレンドラのもとへとやってきた。彼らが、全部とは言えなくても多少はそのような噂を信じていると知り、ナレンドラはひどく傷ついた。そして彼らに対しても、無神論的な主張を繰り返した。法友たちはナレンドラの堕落を確信して帰っていったが、ナレンドラはむしろそれを挑戦的な気分で喜んでいた。
 しかし自分が堕落したという話を、おそらく彼らはラーマクリシュナにも話すだろう。師はそれを信じられるだろうか、と考えると、ナレンドラの胸は張り裂けそうであった。それでもナレンドラは、自分に言い聞かせた。
「もし師が彼らの話を信じられるのなら、どうすることもできまい。他の人に良く思われようが、悪く思われようが、何の価値があろうか?」

 実際、信者たちは、ナレンドラが堕落したという噂を、ラーマクリシュナに伝えていた。それを聞いて、ラーマクリシュナは最初は何も言わなかった。
 しかし信者の一人のバーヴァナートが涙ながらに、
「師よ、ナレンドラがここまで落ちぶれようとは、夢にも思いませんでした!」
と言うと、ラーマクリシュナは激しく言い返した。
「黙りなさい、こいつめ! あの子が絶対にそんなことをしないことは、母がお話しくださった。これ以上言うのなら、二度と顔を見せるではない!」

 すべての人々が疑っても、ラーマクリシュナだけは、ナレンドラの潔白を信じていたのだった。

 そしてナレンドラも、本当の意味で無神論に陥ることはできなかった。子供のころからの経験、そしてラーマクリシュナにお会いしてからのさらなる様々な経験が、ナレンドラの中に鮮やかに浮かび上がった。彼はこう思った。
「神は確かにおられて、必ず神に至る道がある。そうでなければ、人生は何のためにあるのか? 何の価値があるのか? 神への道は、どんなに苦労しても見つけ出さなければならない。」

 このようにナレンドラは、長く続く苦境の中で、神への疑いと確信の間を揺れ動き続けたのだった。

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