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スワミ・ニルマラ―ナンダの生涯(1)

スワミ・ニルマラーナンダ(1863-1938)の生涯

第一章「祈りは叶う」

 シュリー・ラーマクリシュナは、その死後、その仕事を続け、世界の最果てへと彼の松明を運ぶために、知性的で、教育を受けていて、強く純粋な、少数の選ばれた若い男性たちを残しました。彼らの内のリーダーは、超人的な人物であるスワミ・ヴィヴェーカーナンダでした。彼はカーヤスタとダッタの生まれでした。シュリー・ラーマクリシュナのその他の弟子で唯一のダッタは、スワミ・ニルマラーナンダでした。2人は、多くの特質が共通していました。不屈のクシャトリヤ・ヴィーリヤ(武士の勇気)は、その一つでした。

 スワミ・ニルマラーナンダは、1863年12月23日水曜日の午後8時30分、ダヌの月、シュクラパクシャのチャトゥルダシ・ティティ、ローヒニーのナクシャトラのときに、カルカッタのバグバザール、ボースパラ通り20番地の家で生まれ、トゥラシーチャランと名付けられました。彼はまた、トゥラシーダースとも呼ばれました。トゥラシーチャランは末っ子でしたが、数年たって妹ができました。
 トゥラシーのホロスコープにおいては、力強く明るい月が高揚の位置にあり、またナヴァーンシャでも自室にあり、それは彼の明るい未来を予言していました。またそれは、類まれな、生まれながらの強い心を示していました。

 彼の出生、魅力的な顔、輝く目、鋭い知性、それらが家族を虜にしました。みなに甘やかされすぎたため、彼は頑健に育たず、不健康に苦しみました。薬を飲んでも良くなりませんでした。しかしその不健康は、彼の英雄的で立派な心と意志力に影響を与えず、彼の豊かな声は生まれながらに威厳があったので、幼年時代でさえ、彼に命令をする者も、あえて彼に反対する者もいませんでした。

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