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「解説・ミラレーパの生涯」第一回(3)

【本文】

 こうしてミラレーパはマルパのもとへ行きました。マルパも、実は夢の予兆で、ミラレーパが自分に約束された偉大な弟子であることが分かっていました。しかし同時にミラレーパが積んでしまった悪業の重さも分かっていたので、マルパはミラレーパにわざと冷たくつらく当たり、ミラレーパの悪いカルマを落とそうとしました。
 マルパは教えを求めてきたミラレーパに、教えを与えることなく、過酷な建築作業の重労働を命じました。たった一人で、巨大な建築物を建てさせ、それが完成間近というところで壊させ、また別のところでやり直させる、ということを繰り返しました。ミラレーパは肉体的にもボロボロになりましたが、精神的にも、達成感を味わう直前で壊させられるということで、ボロボロになっていきました。
 苦悩を感じ、挫折しそうになったミラレーパに対し、マルパは彼の師であるナーローの修行時代の話をしました。ナーローは師であるティローの過酷な指示をすべて忠実に守りぬき、解脱を得たのです。それは火の中に飛び込ませるとか、高い塔から飛び降りさせるとか、すべてが今ミラレーパが受けている試練よりも過酷なものでした。マルパはこの話をし、
「お前にはこの方法は難しいだろう」
と言いました。ミラレーパはこのナーローの話を聞いて信が増大し、涙を流し、これからマルパの指示にはすべて従おうと決意しました。

 はい。こうしてミラレーパはマルパのもとに弟子入りしましたと。で、ここにも書いてあるとおりなんですが、マルパは夢の予兆――まあマルパってもともと夢とかね、あるいはまあ、なんていうかな、現象から何かを読み取る力がすごく強いんだね。で、その夢を読み取ることによって、ミラレーパがね、自分と縁のある最高の弟子であるっていうことが分かっていたんだね。しかしミラレーパが積んでしまった悪業も分かってたんで、まずはそのカルマをね、しっかりと浄化する作業に入らせたんですね。
 で、ここでマルパが教えを与えることなく、ひたすらミラレーパをいじめ抜いたその内容っていうのは、そうですね、三つぐらいあると考えたらいい。一つは、まあ建築作業ね。これはまあ有名だけれども、たった一人で、ねえ、何階もある塔をね、建てさせると。昔だから、もちろん機械とかないから、つまりリアルに言うと、まず適当な石を運んできて、それをまあいい大きさにカットし、で、それをよいっしょよいしょって運んで置くと。で、モルタルをちゃんとね、練って、それを塗ると。で、また適当な石を持ってきて、うまく切ってやると。こういった重労働をたった一人でやったと。ね。しかも、細かい伝記とかを見ると、なんかこう、途中でね、ミラレーパの先輩、つまりマルパの弟子たちがまあいろいろ手伝ってくれたりしたことがあったらしいんだけど、それをマルパが見てね、もうあらかたでき上がってるんだけど、「これはあの誰々が手伝ったんじゃないか?」と。「はい。ちょっと手伝ってもらいました」と。「駄目だ」と「おまえ一人でやれと言ったではないか」と。ね。「全部崩せ」と。「全部いったんすべて崩して、最初からやり直せ」ということをやられたりするんだね。
 で、こういう感じでものすごい重労働によって、ほんとにもう体中が傷だらけになり、膿がほとばしり出て、手はもうほんとにもうすべての皮が剥けるような過酷な状態。で、そのね、傷からばい菌が入って、寝込んでしまったような状態ね――になりながらも、ひたすら重労働を命じると。
 しかもここのポイントは、その塔をやっと自分で建てて、もうすぐ完成だっていうところにやってきて、「ちょっと勘違いしてた」と。「ここじゃなくて、あっちにしてくれ」とね(笑)。つまり壊せって言うんだね。つまりこれはだから達成感の剥奪っていうか。つまり最初からね、例えば塔を十個建てるくらいの労働を最初から命じられてたら、まあちょっと違ったかもしれないけども、あるゴールを決められて、そこに到達する寸前でやり直せって言われるわけだね。もうすごい絶望があるわけですね。つまりその肉体的な過酷な苦しみと、それから精神的なその絶望感っていうかな、これをこの塔の仕事で味わわせると。
 で、もう一つは、他の弟子たちの前でのいじめですね。他の弟子たちの前でのいじめっていうのは、まあつまりこういうね、弟子たちの集団をつくって、で、そこでマルパが秘密の偉大な教えとかを説くわけだけど、そこにミラレーパは、ね、みんなの前でですよ、「なんでおまえいるんだ」と。ね。「おまえに説くような教えはない」と。「帰れ」と言って足蹴にするわけですね。みんなの前でボロボロにしてしまうというか。つまりこれはもう完全にプライドの破壊であり、そしてまあ大変な、当然みじめな思いをしたと思うんだね。
 皆さんどうですか? 例えば修行者仲間がいて、自分だけ「おまえに教える教えはない」と。ね。「帰れ」と。で、帰らなかったら、もう足蹴にされて袋叩きに遭うと。ね(笑)。しかもそれが、自分が信じてる師匠ですよ。ちょっと、ちょっとどっか変なとこに顔を出したんじゃないですよ(笑)。自分が本当にこの人と決めて涙を流して弟子入りした師匠にそういうことやられるわけだね。
 でもそれは、その大いなる苦しみによってカルマ落としになったわけですね。もちろんそこでついていったミラレーパもすごいわけですけどもね。つまりそれだけ、なんていうかな、まあさっきから言ってるように、その師との縁が強かったし、それからもちろんミラレーパの心の芯の強さもあったでしょう。
 だから皆さんはね、このミラレーパっていうのは――いいですか?――このあいだからまあティーロー、ナーロー、マルパ、ミラレーパとこう話を見てきたわけだけど、前から言っているようにね、例えばティーローとかナーローっていうのはちょっと別格です。ちょっとこう超人的なっていうか、まあ仏陀そのものといってもいいほどの別格の大聖者です。で、マルパはちょっと人間らしいとこがあるわけだけど、でもそれでもやっぱりちょっと別格なところがあるね。もうあんまり苦労せずにパッパッパッとこういろんな教えを達成してしまうんだね。で、ミラレーパはそれよりはちょっとまだカルマがあるっていうか、まだちょっと人間的なところがあって、それを乗り越えて成就したっていう感じなんだけど。で、それは密教の道によって成就をしたわけだけど。で、この中でも、そうですね、密教とかに当然興味があったり、その道にあこがれや、あるいはその道を歩きたいって思っている人は結構いるとは思うんだけど、これくらいの強い心、そしてこれくらいのまあ絶対的な帰依心っていうかな、委ねる心っていうか、それがないと、本当の意味での密教的成就は難しいと思った方がいいね。
 だから逆に言うと、自分の中にまだある甘さであるとか、あるいは帰依よりもエゴを取ってしまう心であるとか、あるいは心の弱さであるとか、そういったものは日々しっかりと見つめて駆逐し、修正していかなきゃいけないんだね。そうじゃないとわれわれは密教の「み」の字にも入れない。
 だからリアルに考えてみてください。わたしがミラレーパだったらどうだろうかと。ね。自分と縁があると思った師匠のもとに弟子入りしたら、もう最初から――ちょっとここには細かく書いてないけど、最初からもう拒否、拒否系ですからね(笑)。拒否系っていうのは、おまえのような弟子などいらん、って感じで、最初からちょっとつっけんどんなんだね。で、まあしょうがないから、弟子入りしたいというならばこれをやれっていう感じで、肉体労働を命じられるわけだね。そしてさっき言ったような、ちょっともう本当に狂ったようなというかな、ちょっと常識を外れたような――当然ミラレーパは朝から晩まで働いているんだからね。まあ朝から晩まで働かされて、で、途中で「やっぱやめた」って言われて、ほかのところに作れって言われて(笑)、それをひたすら繰り返し――でもミラレーパにしてみれば多分自負があった。つまり自分はこんだけマルパに奉仕してるんだから教えを与えてもらえるだろうと思って、教えの場に行ったら、おまえになんかに教える教えはないとか(笑)、帰れと言われるわけですね。
 普通はもう、すぐギブアップするでしょうね。普通の人だったらね。あるいはエゴを守るために自分に言い訳として、師への批判とか師への否定の感情を出すでしょう。これは誰がどう見たって師が悪いと。ね(笑)。だってこの話はね、これがもし現代で行なわれて、で、それを皆さんがネットとかに書いたら、みんな、それは師が悪いってみんな言うよ(笑)。ね。あるいは友達とかに聞いてくださいって言ったら、それは師が悪いと(笑)。「おまえ、そんな師のもとは去れ、去れ」と。「それはインチキだ」と言うよね、絶対ね。
 で、ミラレーパは全く、なんていうかな、もちろん心が萎えそうになったときはあったけど、師への疑念は全く出なかったって書いてある。つまり師に対する、「え? この師匠マルパっていうのはちょっとおかしいんじゃないか?」とか、あるいは「自分をただいじめようとしているだけじゃないか」とかね、そういった悪い思いは一切出なかった。しかし、まあちょっとまだ弱い部分はあったから、それによってめげそうになったときはあったみたいだけど。でも帰依の力っていうのはすごかった。

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