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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第六回(2)

 はい。ちょっと話が広がっちゃいましたが、で、そのようにして心の純粋度が高まったりとか、あるいはある場合は論理的な智慧によって「来世がちょっと今のままだと相当危ないぞ」って気付いた人が、「それは嫌だ」と。つまりその、「地獄に落ちるのはまっぴらである」と。
 あのさ、ちょっとわたしのまた経験を言うけども、これ、前にも皆さんに話したことあると思うけど、昔ね、わたし貴重な――貴重なっていうかある経験をしたことがあって、それはその――ちょっと簡単に言うけども、交通事故に遭ってね、交通事故に遭って……まあ運転手と、あとわたしともう一人乗ってたんですけども。運転手は大丈夫だったんだけど、わたしとそのもう一人が怪我したんですね。わたしはさ、ちょっとこれは前にも言ったけど、わたしそのときね、蓮華座組んで車に乗ってたんだね。蓮華座組んで後ろの座席に乗ってて。そしたら――どういう事故だったかっていうと、雨で、高速道路でスリップしちゃって、車がもうガーッて回転しながら、いわゆる棒っていうかなんかのポールに横からぶつかったんだね。だから車がグニャッてこうV字型になっちゃって。で、わたしのいたところは、だからグチャってなったんです、横からね。で、蓮華座組んでたからグチャってなって、極限蓮華座みたいになっちゃって(笑)。

(一同笑)

 グチャッ――はまっちゃって。でもね、車全体がグチャってなったから、おそらくね、足伸ばしてたら足がやられてた。足が複雑骨折かなんかなってたと思うんだけど、蓮華座ってやっぱり丈夫なんだね(笑)。ガチャってなってそのままはまっちゃって(笑)、「うわー! 抜けない!」(笑)。

(一同笑)

 で、レスキュー隊が来てこう抜いてくれたんだけど。で、見たらかなり裂傷はひどくてね。裂傷でこう表面がグジャグジャになって縫ったんですけど。ただ、骨とかに全く異常がなくて。だから皆さん、ぜひ蓮華座を(笑)。

(一同笑)

 いつ何があるか分かんないから(笑)。普段から蓮華座組んでたらいいね。
 それはいいんだけど、もう一人一緒に乗ってた人が――この人は蓮華座組んでなかったんで(笑)、それくらいのショックだからね、もう、いろんなところに打ち付けちゃったんでしょうね。で、あばらが何本も折れて、それがいろんな内臓に突き刺さってるっていう、もうすごい危険な状態だったんだね。で、もう緊急手術ってなって。で、わたしとその彼が病院に運び込まれて――わたしは全然大丈夫だったんだけど。その、裂傷と打撲ぐらいだったんだけど。一応検査は終わってベットで寝かせられてたんだね。で、その一枚のカーテン越しの、ここにもう一人の彼がいたんです。その彼は、今言った、あばらがたくさん折れて内臓に突き刺さりまくってる状態だったらから、もうすごい危険な状態で。もう緊急手術っていうか、応急処置をしなきゃいけない――その声がどんどん聞こえてくるんだね。「大変だ!」って言って。わーってみんなでこう走り回っていると。で、「ここに穴を開けなきゃいけない」と。穴をいくつか開けて、最初の手術の前にね、まあ突き刺さってるのをなんかするのか分からないけど、とにかくその「穴を開けなきゃいけない」とか言ってるんだけど。その彼に麻酔をもちろん打つわけだけど、その彼がね、本当だったのか、あるいはパニクッてただけなのか分かんないけども、「麻酔が効かない!」って言ってるんだね。麻酔打って「大丈夫ですか?」とか言っても、「全然効かない!」って言ってるんですね。で、何本打っても麻酔が効かないんで、そのパニック状況が聞こえてくるんだけど。「もうしょうがない!」って言って、いきなり先生が(笑)、「押さえつけろ」って言って(笑)。「押さえつけろ」って言ってみんなで押さえつけて、なんか穴開けだしたんだね、体に。その彼も、だから本当に効いてなかったのかパニックだったのか分かんないけども、「痛えよ! 痛えよ! 麻酔効いてねえよ!」って言ってるんだね。その叫び声がすごい聞こえてきて、で、ガガガガガッて体に穴開けだして。
 で、そのときにわたし、ちょっと考えてみたんだね。何を考えたかっていうと、その当時――その当時っていうよりも、前から皆さんみたいにわたしは菩薩行、つまり菩薩として生きたいっていうことを考えていたと。で、もちろんいろんな祈りとか瞑想においては、地獄のね、地獄で苦しんでいる――つまり地獄で体を切り刻まれたり、体を熱されたりして苦しんでいる人の苦しみを、自分が肩代わりできたらいいなと。自分が彼らの身代わりになってもいいと。だからみんな救われてほしいっていうような祈りを何度も行なってきたわけですね。で、それは自分ではそういうような意識があると思ってたんだけど、横見たらね、リアルに地獄じゃないですか、これ。押さえ込まれて(笑)、意識があって、痛みも感じてるって本人は言っていると。そのような状況で体に穴を開けられてるんですよ。これは地獄であると。で、ちょっとシミュレーションしてみたんだね。「替わってくれ」って言われたらどうしようと(笑)。

(一同笑)

 で、これ、「替わってくれ」って言われて――もし替わることができる場合ね。「これ、できるかな?」と。つまり自分が意識がある状態で穴を開けられることを、実際に今リアルに見てるこの状況を替われるか?って思った場合、そのときの自分は、「替われねえ」って思った。「ちょっと今のおれには無理かな?」って思ちゃったんだね。それでより、なんていうかな、自分の心を鍛え直さなきゃいけないって思ったわけだけど。
 で、そのときの経験ももちろんそうなんだけど、そういうのを例えば類推したりとかすると、やっぱり苦しい。地獄っていうのは。当たり前の話なんだけどね。仏典を見るとですよ、そういうことがずーっと続けられるわけです。仏典を見るとね、普通に「はい。体を押さえ込まれて、刃物でゆっくりと足から切られますよ」とかね。まあ中国でそういう実際、拷問あるみたいだけどね。あるいは体を焼かれますよとか、つぶされますよとかいっぱい書いてあると。それはちょっと苦しいなということを、自分の人生のいろんな経験とか、あるいは情報とかから類推していくことはできるんだね。で、それによって、もちろんその今地獄で苦しんでいるかもしれない、かつての自分の縁のある魂に対する魂に哀れみを向けたりももちろんできるし、それから今ずっと言っているように、そのような地獄がもしあるとしたならば、当然そこに落ちるような悪業はやめなきゃいけないし、あるいはそこから必ず救われるための善や修行をしなきゃいけないと。こういうことを考えられるようになってくるんだね。

 はい。で、なんの話だっけ(笑)? ――あ、最初のあの、「輪廻を恐れてる」ね。だからその、一番最初の発願としてはこの「輪廻を恐れる」――これはオッケーなんです。で、もう一回ちょっとまとめるけども、最初はカルマとか輪廻とかあんまり分かんないけど、幸福になりたくて修行する――これはオッケー。これ第一段階ね。で、第二段階として、だんだん心が澄んできて、あるいは智性が澄んできて、「なんか輪廻ありそうだな」と。「しかも今のままだと苦しいぞ」ってことが分かって、「少なくともわたしは、そんな苦しい世界には行きたくない」と。「少なくとも天界や、人間界等の幸せな世界に生まれたい」と。これが次の動機になるんだね。二番目の修行動機になります。
 で、三番目が――いいですか?――人間や天というのも一時的には幸せだけども、でもまた死んで低い世界に落ちる可能性があると。だからそもそもこの輪廻そのものが、かなりデメリットが大きすぎると。よって、輪廻を超えた解脱の境地を目指したいと。これが三番目の修行の動機になるんだね。つまりここでやっと解脱への志っていうのが出てくると。
 はい。そして最後に四番目が、「いや、わたしは菩薩道を行くんだ」と。菩薩道っていうのは、ね、もちろん輪廻を厭うんだけど――厭うっていうのは、輪廻は意味がないと。輪廻は執着はしないんだけど、しかし輪廻を恐れることもない。なぜかというと、みんなを救うために輪廻にいなきゃいけないから、逆にね。「輪廻が嫌だ」って言って解脱するんじゃなくて、「輪廻は全く興味ないが、わたしの仲間たちがみんな輪廻で苦しんでるから、あえてね、輪廻にとどまってみんなのお手伝いをしたいな」って考えるのが菩薩道なわけだね。これは第四の偉大な、最も偉大な志っていうことになるわけですね。
 はい。で、この経典はもちろん菩薩道について説かれている経典なので、輪廻を恐れている者――つまりさっきの話でいうと、第二段階や第三段階の者達、つまり菩薩道ではなくて単純にその低い世界や、あるいは輪廻の苦しみから逃れたいって思ってる人たちに対して、敬意を払ったり、あるいは帰依をしたりしてはいけないってことですね。それによってその、自分の菩薩道の道がちょっと濁るっていうかな、引き戻されてしまうっていうか、っていうことだね、ここはね。
 ただ、もう一回言うけども、今の話聞いて分かったと思うけども、段階的には別にそれを否定する必要ないよ。例えばそういう菩薩道とか全く興味がなくて、ただ解脱のために修行している人がいるとしたら、それはそれで別に段階的にはオッケーです。だからその人たちを批判する必要はない。否定する必要もない。「ああ、それはもちろん素晴らしい解脱への道を頑張ってください」と。しかし帰依しちゃ駄目だってことです。もしくは敬意を払っても駄目だってことです。「ああ、偉大なるニルヴァーナへの道を歩いていらっしゃるあなたに帰依いたします」ってやったら駄目だっていうことですね。しかし、その段階における道を歩いている部分に関しては尊重しなきゃいけないっていうことだね。
 はい。じゃあ次いきましょう。

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