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ウジ虫

 アムリッツァーの町にある運河の川岸に、私のよく知っている聖者が住んでおりました。その聖者は足の太ももに深い傷を負っており、その患部からおびただしい数のウジ虫がわいて出ておりました。
 私は幾度となく、医師の治療を受けるようにと彼に勧めましたが、彼は全く私の言うことを聞き入れようとはしませんでした。それどころか、足の傷からあふれ出たウジ虫を一匹ずつ拾い上げては、また元の傷の中に戻してやるのです。
 私が彼に、なぜそんなことをするのか尋ねてみますと、彼の答えは次のようなものでした。

「もしも、ある人がその家から追い出され、食料も奪われてしまったとしたら、きっと困り果ててしまうでしょう。ウジ虫とて同じ事です。彼らにとっては私の傷が家であり、私の血や肉が食料です。ですから、ウジ虫を傷口から追い出したり、薬を使って殺すようなことは、彼らに対して暴力をふるうことになります。私の過去のカルマが消滅するまでは、私はウジ虫たちと共に生きねばならないのです。そのうちに、ウジ虫もどこかへ行ってしまうでしょう。」

 事実、その言葉通り、それから数日後、すべてのウジ虫は彼の傷口からどこかへ飛び去ってしまい、それと共に、彼の傷も完全に癒えてしまったのです。こうなるまでの間、彼が動けばウジ虫が傷口からあふれ落ちてしまいますので、彼は乞食にも出かけようとはしませんでした。そこで、周りの者が彼の食べ物を毎日運んでやったのです。このようにこの聖者は、自分の傷口に巣くうウジ虫に対してさえ、慈しみの思いを抱けるようになれていたのです。

 ――スワーミー・ヨーゲーシュワラーナンダ(「実践・魂の科学」より)

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 すごい話ですね。私も昔、なぜか毎日のように、何匹ものゴキブリが私の足にかみついて来ていた時があって笑、そのときはなすがままに食べさせてあげていましたが笑、傷口のウジ虫をほうっておく聖者の話には、負けました笑。

 実際にこういう話をその通り真似をしないまでも、こういう話を聞くと、周りの様々な小さな事も受け入れられず、文句を言い、批判や嫌悪をし、不安がっている自分が、バカバカしくなってきませんか?
 
 傷口に巣くうウジ虫を受け入れられるようになったら、たいていのことは受け入れられるでしょうね笑。

 すべては神の思し召し。
 この世には、あのお方以外、いないのです。

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