yoga school kailas

 マヘーンドラナート・グプタは、インドと西洋の両方の学問、科学、芸術に通じた、偉大な教授でした。
 しかし家庭がうまくいかず、大きな苦悩を感じたマヘーンドラナートは、自殺を思い立って家を出ました。
 自殺する場所を探してふらふらと放浪していたとき、コルカタ郊外のドッキネッショルへとたどり着きました。そしてそこにあるカーリー寺院に、すばらしい聖者が住んでいるという話を耳にしました。
 死ぬ前に、聖者にお会いするのも悪くはないと思い、マヘーンドラナートは、その寺院へと足を運びました。

 そこにおられたのは、まだあまり多くの人には名前を知られていない大聖者、ラーマクリシュナ・パラマハンサでした。
 ラーマクリシュナは信者達に、楽しげに教えを説いていました。その光景を見た瞬間、マヘーンドラナートは、感動のあまりに言葉を忘れ、立ち尽くしました。

 その後、ラーマクリシュナのあまりに強い魅力に圧倒されたマヘーンドラナートは、再びカーリー寺院を訪ね、ラーマクリシュナに会いに行きました。ラーマクリシュナはマヘーンドラナートに、多くの質問をしました。
 ラーマクリシュナは尋ねました。
『お前、結婚しているのかね?』
 マヘーンドラナートは普通に、
『はい、しております。』
と答えました。するとラーマクリシュナは驚いた顔をし、
『ああ! 彼はもう妻を娶っているのだ! 主よ、彼をお助けください!』
と叫びました。マヘーンドラナートは狼狽しました。
 ラーマクリシュナは重ねて尋ねました。
『子供はいるのか?』
 マヘーンドラナートはどきどきしながら、
『はい、おります。』
と、か細い声で答えました。するとラーマクリシュナは再び叫びました。
『ああ! 育てなければならない子供たちまでいるとは!』
 このやり取りで、マヘーンドラナートがもっていたプライドに、大きな打撃が加えられました。

 少しして、ラーマクリシュナは言いました。
『私の息子よ。お前は良い人相を持っているのだよ。前生から神との交わりに日々をすごしたヨーギーたちは、独特の表情を持っているのだ。
 ところで、お前の奥さんについてだが、彼女は、神や光の方に向かう、智慧の性質をもつ人か? それとも、神から離れて闇の方へ向かう、無明の性質をもつ人か?』
 マヘーンドラナートは答えました。
『彼女は申し分のない女でございます。しかし無智で。』
 するとラーマクリシュナは、厳しい調子で言いました。
『彼女は無智でお前は賢いというのか! お前は、自分が叡智を獲得したと思っているのか!』
 こうして再び、マヘーンドラナートのプライドに打撃が加えられたのでした。

 次にラーマクリシュナは尋ねました。
『お前は、神を【形のないもの】として瞑想するのが好きか? それとも【形あるもの】として瞑想するのが好きか?』
 この質問に、マヘーンドラナートは困惑しました。神が形あるものなのか、形のないものなのか、それはどちらかのみが真実であるはずなので、このように両者を並列して、【どちらが好きか?】という質問をされることが理解できなかったのです。
 しばらく考えた後、マヘーンドラナートは答えました。
『私は神を、形のないものとして瞑想したいと思います。』
 するとラーマクリシュナは言いました。
『それはよろしい。それは全く正しい。
 しかし同時に、その見方だけが正しくて他は全て間違っている、というような早合点をしないように気をつけるのだよ。【神は形あるものである】という見方も、同様に正しいのだ。』
 ここで再びマヘーンドラナートのプライドに打撃が加えられました。そしてマヘーンドラナートは、ラーマクリシュナの言葉の意味が理解できませんでした。マへーンドラナートは多くの書物を学んできた学者でしたが、ラーマクリシュナの言うような説には、今まで出会ったことがありませんでした。
 そこでマヘーンドラナートは言いました。
『【神は形がある】というのはいいでしょう。しかし神は決して、人々が拝んでいる偶像の中にはいらっしゃいません。ですからそれを、拝むときは偶像ではなく神そのものを心に思わなければならないということを、教えてやらなければなりません。』

 これに対してラーマクリシュナはまた厳しい調子で言いました。
『お前達カルカッタの人々の間では、【他人に説教すること】が流行になっているようだね!
 他人に教えるというお前はいったい何ものなのだ?
 必要があれば宇宙の主ご自身が、お教えになるだろう。たとえ偶像崇拝に何か間違ったところがあるとしても、全ての礼拝は彼にささげられているのだということを、彼がご存知がないはずはないだろう。彼は喜んでそれをお受けになるだろう。
 なぜお前達は、自分の力の及ばないことで心を悩ますのだ? 神を知り、そして敬うことを求めなさい。それがお前達の、最も身近に与えられたつとめである。』
 
 ここにおいて、マヘーンドラナートのうぬぼれは、完全に破壊されました。彼は思いました。
『この方のおっしゃることは全く本当だ。他人に説教して回る必要がどこにあるか。その前に私は神を知っているのか。私は神を愛しているのか。
 私は何も知らないのに、他人に教えようというのは、愚の骨頂であり、恥ずかしいことだ! これは数学や歴史や文学ではない。神の科学なのだ!』
 これが師と議論をしようという、マヘーンドラナートの最初の試みであり、そして幸いなことに最後の試みでした。

 こうしてマヘーンドラナートは、ラーマクリシュナの魅力に完全にとりつかれました。彼はこの世の苦を味わい、自殺をしようと放浪していて、生涯の師である神人に会ったのでした。
 マヘーンドラナートは、学校の校長の仕事もそっちのけで、足しげくラーマクリシュナのもとへと通い、時には何日も泊まったりして、教えを聞き、瞑想し、そして法友たちとの交流を楽しみました。
 一介の田舎の聖職者だったラーマクリシュナのもとには、この頃から、前生から約束された弟子達が、続々と集まり続けていました。その多くは若者であり、当時すでに28歳くらいだったマヘーンドラナートは、彼らの中では年長者でした。
 またマヘーンドラナートは、自分の学校に通う若者達の多くを、ラーマクリシュナのもとにつれてきて、ラーマクリシュナに弟子入りさせました。このことで子供の親御さんたちから苦情を受けましたが、マヘーンドラナートは構わずそれを続けました。
 
 マヘーンドラナートやその他の前生からの弟子達がラーマクリシュナと出会い、彼のもとに通って教えと霊的訓練を受けたのは、ラーマクリシュナの生涯の最後の五年間ほどのことでした。1886年、ラーマクリシュナはこの世の肉体を去りました。
 その後、弟子たちは紆余曲折の末、ブラフマーナンダをリーダーにラーマクリシュナ・ミッションを設立し、各自の修行と、教えの普及につとめました。また、ラーマクリシュナの一番弟子だったヴィヴェーカーナンダは、西洋に出て、ヴェーダーンタ協会を設立し、西洋に教えを広めました。
 マヘーンドラナートはこのどちらにも参加せず、自らが設立した学校の一室にある自分の部屋で、瞑想し、また人々にラーマクリシュナの教えを説く日々をすごしました。多くの人がマヘーンドラナートを訪ね、教えを受けました。その中には『あるヨギの自叙伝』の著者であるパラマハンサ・ヨーガーナンダもいました(『あるヨギの自叙伝』の『至福の聖者』という章で、二人の交流の様子が描かれています)。

 マヘーンドラナートは学校の校長をしていたため、ラーマクリシュナやその周りの人たちには、親しみを込めて『マスター』と呼ばれていました。その後、尊敬をこめて『マスター・マハーシャヤ』とか『シュリーマ』などと呼ばれましたが、彼自身は謙虚に、書物などにはただイニシャルで『M』と自称しました。

 Mは、ラーマクリシュナのもとに行くたびに、その中での細かな出来事やラーマクリシュナの言葉を、その驚異的な記憶力で、克明に日記に記していました。そしてあるときからそれを『シュリー・ラーマクリシュナ・カタームリタ(甘露の言葉)』という書物にし、出版する作業を始めました。
 これを読んだヴィヴェーカーナンダは、Mに、絶賛の手紙を送ってきました。しかしその中でヴィヴェーカーナンダは、『あなたはこの仕事によって多くの祝福と、そしてより多くの呪いを受けるでしょう。それが世の習いです』と記しました。
 実際、この言葉どおりになりました。神人の生きた言葉をリアルに記したこの書物は、多くの人に感動と衝撃を与えましたが、同時に、さまざまな方面から、さまざまな批判も受けました。
 ヴィヴェーカーナンダ自身、Mに対しては称賛の言葉を述べましたが、自分の弟子達に対しては、『Mのようなやり方をしてはならない。あれは食欲のない者の口の中に、無理やりパンを押し込むようなものだ』と言いました。ラーマクリシュナのすばらしさをストレートに表現したMに対して、ヴィヴェーカーナンダは全く逆のやり方をとっていたのでした。ヴィヴェーカーナンダは、現代人、特に西洋人にはラーマクリシュナの一見狂人のような振る舞いや教えは理解できないと思い、弟子にラーマクリシュナのことを人々に広めることを禁じ、あくまでも自分の言葉で、西洋に教えを広めて行ったのでした。

 Mは、『シュリー・ラーマクリシュナ・カタームリタ』で、師との五年間の日々を、事細かに記していったので、その量は膨大なものになりました。そして1932年6月3日、その最後の第五巻の校正を終えました。
 まるでそれでやっと今生の使命を終えたかのように、その翌日の6月4日、
『おお師よ! おお母なる神よ! 私を抱き取ってください!』
と祈りを唱えつつ、Mはこの世の肉体を去ったのでした。

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