解説「菩薩の生き方」第二十四回(12)

エピソード三.
あるとき僧の家に、信者が訪ねてくることになっていました。僧は朝から祭壇や部屋を掃除し、一息ついてお茶を飲みながら、今朝の一連の行為と心の働きを振り返っていました。するとまた僧はハッと気づきました。自分の今朝の行為の裏には、できるだけ祭壇や部屋をきれいにして、信者から多くの布施を受け取ろうという心が潜んでいたことに気づいたのです。僧は立ち上がると、ゴミを手にして祭壇や部屋中にぶちまけました。そして座って、「くわばらくわばら、気をつけていなくては。」と、胸をなでおろしました。
その後、信者が来ると、部屋や祭壇がめちゃくちゃになっているので、僧に聞きました。「どうしたんですか? 泥棒でも入ったんですか?」
すると僧は答えました。
「そうなんだ。心に泥棒が入ったんだよ。」
この話を伝え聴いたある聖者は、この僧を称賛して言いました。
「チベット広しといえども、この僧ほど偉大な修行者はいまい。この僧は、自分を悪趣に引き摺り下ろそうと手ぐすね引いている悪魔の頭上に、ゴミをぶちまけたのだから。」
はい。これもよく出してる素晴らしいエピソードですが、この三番目のエピソードに関しては、この素晴らしいポイントっていうのはさ、この最後に、ある聖者の話として、「この僧は、自分を悪趣に引き摺り下ろそうと手ぐすね引いている悪魔の頭上に、ゴミをぶちまけた」ってあるけども、これはさっきから言ってる話と合わせればわかると思うけどね、つまりこの悪魔っていうのは、繰り返すけど、正面から来るときもあるけども、普通はこっそりと心に忍び込んできます。気付かないようにしてこう忍び込んでくるんだね。だから普通は念正智ができてないと全くわかりません。悪魔――つまり、口でさ、歌とか歌って、あるいは教えを学んで、「悪魔よ、来い!」と。「ぶち倒してるやるー!」とか言ってるうちにどんどんどんどん入ってきて(笑)。ね(笑)。つまり念正智がないと気付かないんだね。もう雄々しくさ、「おれは修行者だ!」と。「どんな悪魔も!」とか言ってるうちに、もうどんどん入ってきて、「もうやられてるよ」と、こうなっちゃうんだね。
でもこの人はつまり、このエピソードの素晴らしさは、まさにこのシチュエーション、つまり、この人は別に、信者が来るからといって掃除してる間は、少なくとも表層的には変なことは考えていない。多分、良い心だったと思うんだよね。つまり、「信者がやって来るから、気持ち良く過ごしてもらいたい」と。そのような、ある意味善の心によって掃除してたと思うんだね。あるいはもちろん、基本的な、ちゃんとね、仏陀への、祭壇への帰依の心によって、しっかりときれいにしなきゃいけないと。こういう気持ちで、純粋な気持ちでやっていたと。しかし潜在意識には何があるかわからない。で、この潜在意識は普通は気付かない。しかしこの人はおそらくそこにも気付ける、まあ念正智の強さ、あるいは真剣さがあったんでしょうね。だから、普通は気付かないんだが、ふっと落ち着いて、振り返って、しっかりと自分の心を観察してみたら、振り返ってみたら――多分ちょっとだったと思います。ちょっとだけども、信者に良く思ってもらって、布施や供養をいっぱい受けたいっていう、間違った貪り、慢心がちょっとだけあったと。これが――まずこれに気付いたことがすごい。一つはね。一つは気付いたことがすごい。
次にそれを、このちょっとを、ものすごい重大事と考えて、まあ、この場合、この人はごみをぶちまけたわけだけど、もう徹底的にそれと闘った。それがすごい。だからこれもこのエピソードの素晴らしいところだね。
つまりいかにその気付けない自分の潜在意識の過ち、悪魔の罠に気付くかどうか。これはつまり普段から真剣に念正智しようっていう気持ちがないと、なかなか気付けない。あるいはもっと別の言い方をすれば、謙虚さですね。うん。「わたしは全然まだまだだ」と。「わたしの心にはまだまだ多くのけがれがある」と。「よって真剣に自分の心を観察していないと、わたしはすぐに間違うかもしれない」――このような謙虚さから来る強烈な念正智ね。これがないとなかなか気付けない。
人のことはみんなよくわかるんだけどね。「あの人こういう気持ちがあるんじゃないか」とかよく思うかもしれないけど、自分のことに関してはなかなか気付けない。それがまず第一。
そして次に、気付いたときに、繰り返すけど、ほっといてはいけない。つまり、皆さんだったらほっとくかもしれないよね。「まあ、ちょっとだよな」と。「確かにちょっと、そういう部分も無きにしもあらずだけど、まあ、ちょっとだよな」みたいにほっとくかもしれない。でもそれはさっき言ったように、実際は悪魔の巧妙な罠が続いてて、そのちょっとの積み重ねでいきなり崩壊へ向かうかもしれない。だからちょっとも許しちゃいけないんだね。〇・一パーセントも悪魔の侵入は許してはいけない。
はい。だからその二つの意味で、このエピソードは素晴らしいエピソードですね。
