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解説「菩薩の生き方」第十四回(9)

 はい。そして最後のところもとても大事なところだね。「汚れのないこの家に、汚点が生じないように」っていうやつね。つまりもう、これもだから、皆さんは自分でどう考えてるかは別にして、菩提心を起こした瞬間に、もう菩薩です。繰り返すけど、菩薩っていうのはステージは関係ないから。菩提心を起こしたかどうかが菩薩の条件だから。全然心もけがれていてカルマも悪くても、「みんなのためにブッダになる」と思った瞬間に菩薩です。この瞬間に、つまりブッダの家系の一員に名前が付け加えられます。
 で、これを、いつも言うように、良い意味での気高い誇りとしなきゃいけないんだね。「そうだ」と。「わたしはいろいろカルマが悪くていろいろあるけども、菩提心を起こしたことによって、もうこのブッダの家系の末席かもしれないけども、名前書かれちゃった」と。「もうこれ取り消せない」と。ブッダの――例えば「釈迦牟尼」とかね、「大日如来」とかあって、そこからちょっと分かれて「なんとか菩薩、なんとか菩薩、なんとか菩薩、なんとか菩薩」――で、まあ、それにいろんなね、なんとかリンポチェとかグーッてあって、修行者なんとかとかグーッてあって、その末席にY君とか(笑)、

(一同笑)

 書かれちゃったと(笑)。これはもう(笑)、ここでY君が変なことしようものなら、このブッダの一族全体の恥になると。「え、ブッダの一族、そんなことやんの?」と(笑)。これは駄目だと。もうこの末席にわたしの名前が載っちゃったから、もう今日からピシッとしなきゃいけないと。
 で、この気持ちによって――繰り返すけど、だからといってすぐ皆さん完全になれるわけはないが、この気持ちで自分を鼓舞するんです。この気高い気持ちでね。
 もちろんこれは、繰り返すけど、バクティにも応用できるよ。例えばこのバクティの道に入ったってことは、この至高者の、バクタたちの聖者社会の一員に、片隅かもしれないけども名を連ねたと。で、わたしが何かしたら、それはもう全体が、「ああ、あいつらは」みたいな感じで、「あいつらはバクティとか言ってるけども、とんでもない」っていうことになってしまうと。そのような汚点をわたしは付けられないと。こういう気高いプライド、誇りによって、自分を規定するんだね。
 だからこれもガチガチに背伸びでかまわない。うん。わたしはもう、ブッダの家系に名前が入っちゃったと。わたしの一挙手一投足が――だってまだそこに至ってない魂がいる。で、彼らに一番近いのは自分かもしれないんだよ。彼らはまだお釈迦様とまでは縁がないと。ね。いろんな、ね、マイトレーヤやマンジュシュリーや、そのような素晴らしい菩薩方とも縁がないと。でも自分とは近いと。そして自分がつまり、菩薩やブッダの家系の窓口みたいに、一番の、ある一定の人たちに対する一番の見本となる存在であると。だったらもうほんとになりきらなきゃいけない。自分の苦しみとか、まだ足りない部分とか、どうでもいいんだと。徹底的にその誇りによって自分の生き方を規定するっていうかな。これも素晴らしいところだね。
 だからこれも徹底的に修習したらいいと思う。繰り返すよ。
 「今日、私はブッダの家に生まれ、今や私はブッダの子である」と。
 「そこで今や、己の家柄にふさわしい行いをなす人たちのなす業を、私はしなければならぬ。汚れのないこの家に、汚点が生じないように。」
 はい。昔から先祖代々続く、例えば名家があったとして、そこに養子に入ったようなもんだね。養子に入ったと。ちょっと今日からは、この家系に傷が付かないような生き方をしなきゃいけないと。
 実際には、人間界の家系なんていうのはどうでもいい話なんだけど、このブッダの家系っていうのはほんとに――つまりそれによって多くの人が救われる、聖なる家系であるから。いつもの言い方で言うと、もちろん聖者社会っていうかたちでもいいよ。皆さんはこの聖者社会、至高者を王とする聖者社会の一員に、末席に名を連ねたんだから、その気持ちによって、下手なことはできないと。下手な生き方はできないと。
 これはもちろん、行動、言葉はもちろん、心もそうです。心も、つまり、ね、例えば霊的な世界においては、心も見られてしまう。ね。普通に例えば、低級霊とかも心読めるからね。低級霊、あるいはある程度の神とかも、われわれの心も読むと。だから心においても恥ずかしくない心持ちをしていなきゃいけない。そしてもちろん行動や言葉においては当然、恥ずかしくない、神のしもべとして、あるいは菩薩の端くれとして恥ずかしくない生き方をしなきゃいけない。
 このような、まあ、なんていうかな、男らしいっていうか、そういうの生き方は、一般の社会でもありますよね。わたしは全然駄目だけども、今日からこの一員に加えてもらったんだから、この先輩方に恥をかかせないように、先輩方の恥とならないような生き方をわたしはしなきゃいけないんだっていう気概みたいなものね。これを持ち続けなきゃいけない。はい、それがこの最後のところですね。

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