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解説「菩薩の生き方」第十九回(3)

 「よって今こそ私は、この煩悩という敵と戦うために立ち上がり、戦を交えよう! というシャーンティデーヴァの勇ましい決意が、ここには語られています」と。
 はい。つまりいつも言うように、われわれが――つまりそれは、このような教えはまさに象徴的ですけども、このような教えに出合い、学べるときっていうのは大変稀有なチャンスなわけですね。つまり――まあ、まさに今日の話なんかそうだけどね、われわれはこの煩悩を自分と同一視し、あるいは仲間だと思ってると。大事なものだと思ってると。で、それを、そうじゃないんだよと、これは敵なんだよと、このように教えていただき、そしてそれと戦うための武器――これはまあ修行であり教学なわけだけど――武器も与えていただき、で、それをサポートしてくださる至高者や主、グル、聖者方との縁も今あり、そして自分もその修行に心が向かってると。このようなチャンスっていうのはほんとに稀なんだと。まあつまり普通は、いってみれば、このとんでもない敵と魂の戦いっていうのは、ほとんど九十九パーセント負けています。っていうか戦いにすらならない。戦いにすら発展しないと。もう魂が堕落し過ぎてて、戦うっていう発想すらないと。もう完全に、まあ、つまり支配者階級に完全にやられて堕落してる、堕落して苦しい生活に甘んじてる民衆みたいなもんだね(笑)。しかし、素晴らしいカルマが巡り合わせによりパッときらめくときがあると。そのときにわれわれの心の中に革命への心がわき起こるわけだね。これを革命にしなきゃいけない。わたしの心の主人である煩悩に戦いを挑み、このわたしの心っていう王国を革命しなきゃいけないと。そのためには打ち倒すしかないんだと。
 つまり、あいつは敵なんだと。わたしの心の王じゃなくて敵なんだと。そして打ち倒すこともできるんだと。普通は「無理かもしれない」って思うかもしれないが、実際にはできるんだと。なんだっけ、あの、有名な――キューバか。キューバ革命は、あれ、なんだっけ? チェ・ゲバラ。チェ・ゲバラは最初十数名のゲリラ部隊しかいなかったわけだけど、そこから、普通だったら不可能と思える構図なわけだけどね、そのわずかな仲間からまあ戦いを挑んでいき、最終的には完全に国をひっくり返したと。――今、別に危ない話をしてるわけじゃないよ(笑)。国をひっくり返そうって言ってるわけじゃなくて(笑)、そのように、それ以上に、一つは、われわれの心・魂と煩悩の戦いっていうのは、実際にはそれ以上に大変に見える。国をひっくり返すより大変に見えます。このわれわれの心を完全に支配しているこの煩悩を――皆さんも真剣に修行すればするほど、そう思うことがあったかもしれない。つまり、このわたしのけがれっていうのは乗り越えられるんだろうかと。わたしのこの心を完全に浄化して、悟るなんてことはほんとにできるんだろうか、っていうふうに思ったことがあったかもしれない。で、そこで完全にもう負けちゃってる人、たくさんいます。
 よくそういう――いつも言うように、だからそういう本とか読んじゃいけないって言ってるけど、よくそういう仏教とか修行のことを書いたりしてる人でも、例えば、いや、煩悩は捨てられませんよ、とかね。いや、悟りなんて得られませんよと。だから煩悩は認めて付き合って、みたいなそういう話を書く人もたくさんいると。で、それをまあ多くの人が、ああ、そうですよね、みたいな感じで肯定してるっていうかな。しかし繰り返すけど、皆さんは、いや、そうじゃないんですよと。戦えるんですよと。で、十分勝てるんですよと。――そのような教えと導きを今得てると。だからまさに――繰り返すけど、煩悩と戦わなきゃいけないんだけど、でもその戦えるチャンスっていうのはいつでもあるわけじゃない。今は戦わないで、来世また戦えるかは分からない。今こそ戦えるチャンスがあるんだと。繰り返すけど、そのための武器もたくさんあるんだと。よって今こそ立ち上がり、このわたしのすべての苦しみの因である煩悩を打ち滅ぼそうと、そのように決起しなきゃいけないっていうところですね。

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