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解説「菩薩の生き方」第二十八回(4)

 はい。で、シャーンティデーヴァのこの『入菩提行論』というのはこういう感じで――素晴らしいところは、ほかのパートもうそうだけどね、エゴっていうものをどんどん追い込んでいくんだね。いろんな角度から、なんていうか、テーマに関してどんどんエゴを追い込んでく。ね。ここも「肉体なんてものはそんな、とらわれるもんじゃないよ」っていう一つのテーマにおいて、いろんな角度から追い込んでるわけですね。
 このあとに書いてるのが――これは今言ったことに通じるけども、まずこの肉体はただの物体、言ってみれば機械仕掛けの人形にすぎない。つまりわれわれがこうやって動いてるのは、これは機械仕掛けの人形と同じであると。で、この肉体自体が意志を持って、肉体自体が生命を持って動いてるわけではない。うん。「じゃあそれは分かりました」と。「肉体はただの物ですね」と。で、物だったとしても、それが非常に清潔で清らかで、美しいならば、物とはいえ執着しちゃうのは分かると。――だからその意味でいったら、まだ車の方が分かる。車ね。車はちゃんと磨いてピカピカにして、まあ車自体はただの鉄の集まりですけども。でも非常にきれいだったりする。でも肉体は、車とは比べ物にならないほど汚いと。「中は糞尿で満ち、あちこちの穴から汚物が流れ出します」と。「皮膚からは垢やふけが出ます。こんなものに執着する価値などないではないかということですね」と。
 はい。これも何度も話してるけどね。つまりリアルに言うと、確かにもうそういうことになっちゃうんでね。これも、自分の肉体も、他者の肉体も、糞尿の袋であると。これもだからそういう瞑想するときは、いろいろリアルに考えたらいいんだね。この話も何度も言ってるけど、例えば、例えば皆さん糞尿嫌いですよね。嫌いっていうか(笑)、糞尿なんて嫌ですよ、当たり前だけど。あるいは、われわれがオエッって吐いたときの嘔吐物、そんなの絶対嫌ですよね。触りたくもない。当たり前だけど。もう、「うわ!」って感じですね。で、もちろん糞尿とか嘔吐物がポンと置かれてたら、もう嫌だよね。臭いし、触りたくもない、もう逃げたいと。じゃあそれが、コンビニの袋に入ってたらどうですか? コンビニの袋に入ってたら、まあ袋に触ることはできるかもしれない。うん。その袋の外側に付いてなければね(笑)。うん。触ることはことはできるけど、ちょっと「うわ!」って感じですよね。「うわ、なんじゃこりゃ」と。肉体はそんなもんだと(笑)。肉体は糞尿と嘔吐物が入ったコンビニの袋であると。ね(笑)。そうでしょ。つまり、嘔吐物とか糞尿が詰まってるんだから、この中に。つまりこの胃から、ねえ、腸にまで、いろいろ詰まってるわけです。
 もっと言えばですよ、詰まってるだけじゃないよ。それってじゃあ、もともとなんだったんだと。食べ物ですよね? このような、つまりわれわれが「あ、これおいしそう」と。これ、ね、インストラクターが、あと今回はA君も手伝ったって作った、「なんておいしそうな供物だろう」と。これ、汚いとか誰も思わないよね。「あ、なんて素晴らしい供物なんだ」と。「なんておいしそうな食べ物なんだ」と。ね。ほかの売ってるやつもそうだよ。こういう普通に売ってるカステラでも、ね、果物でも、もちろんわれわれはいいイメージを持ってる。うん。もちろん日本人って清潔だからさ、食べ物はもちろん清潔にして、きれいなものであって、おいしい素晴らしいものであると。でも肉体はもう悲惨ですよ、これを嘔吐物に変えてしまうんです。あるいは糞尿に変えてしまう。一瞬です。一瞬っていうのは、例えば皆さん、これをパッて出されたらさ、まあ、好き嫌いはあるだろうけど「あ、おいしそうだな。わたしも欲しいな」――さっきの子供たちみたいに、――「コンソメ欲しい人」「はいはいはい!」ね。みんな欲しがると。「いちご欲しい人」「はいはいはいはい!」――欲しがると。でも例えば、それを口に入れて、ウワーって出したら、もう一瞬で駄目ですよね。うん。一瞬で、「あ、もういりません!」と。ね(笑)。例えばT君とかがさ、

(一同笑)

 T君が例えば、「カステラ欲しい人」とか言って、「はいはい!」ってみんなが来て、「じゃ、あげるよ」とかいってアーって口に入れて、「ほらー」とか言って出したら(笑)、「もういらないよ、そんなの」と(笑)。

(一同笑)

 「だって欲しいって言ったじゃん」と。ね(笑)。こういう子供みたいなことするかもしれない。そしたらみんな「いらない」ってなるよね。
 でもこれって面白い話だよね。つまり物理的にはあんまり変わってない。唾液が混ざったくらいです。つまりこのような清らかな、おいしそうなみんなが欲しがる食べ物を一瞬にして不浄物に変えてしまう、これが肉体です。
 まだ口に入ってるだけなら、まだましかもしれない。うん。どんどん時間がたつごとにひどくなるよね。口に入って、ちょっと経った――それでも嫌だけどね(笑)。嫌だけど(笑)、まだましかもしれない。でもしばらく噛んだらもう嫌だよね。もうぐじゃぐじゃんなった(笑)。もう嫌だと。で、胃に入って胃液と混ざり、ぐじゃぐじゃになったもの、これはもう、つまり嘔吐物。もうほんとに見たくも、匂いも嗅ぎたくもないと。触れたくもないと。で、それが最終的には糞尿になると。つまりただ「糞尿の袋ですよ」だけじゃなくて(笑)、どんな清らかなものも糞尿に変えてしまう。うん。これが汚くないわけがないですよね。
 だからまずそのような見方をしましょうと。それによって――あるいはもちろん糞尿だけじゃなくて、ここに書いてるように、「あちこちの穴から汚物が流れ出す」。つまりいろんな、脂が出たりとか、あるいはもちろん血が出たり膿が出たり、いろんな汚物があちこちから流れ出す。
 「皮膚からは垢やふけが出ます」と。これもさ、日本人は清潔だから、毎日シャワー浴びてきれいにしてるけども、ほっといたら当然汚くなるよね。うん。わたしも若いころは風呂とか嫌いだったからさ、一週間二週間入らないのはざらだったけど。まあ仕事によるけどね、そういうのが大丈夫な仕事のときは、もう何週間も入らなかったりしたけども。もちろん何週間も何カ月も入らなかったらどんどん垢が溜まり、ふけが出てくると。っていうことは、これは当たり前の話なんだけどさ、うん。ほっといたら汚くなる。ほっといたら汚くなるものは汚いでしょ(笑)? 汚いってことなんです。うん。つまり、ほっといたらきれいだけど、「なんか汚れちゃった」――これはまあしょうがない。じゃなくて、ほっといたらどんどん自分から汚くなっていく(笑)。これは汚いに決まってるでしょ? ね。
 これがだからリアルな見方ね。リアルに見たら肉体って汚いよと。うん。自分の体も、あるいはあなたが愛着する異性の体も汚いですよと。これが四念処の一番最初の、「肉体は不浄なり」っていう見方ですね。はい。で、「そんなものに執着する価値はないですよ」と。

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