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要約・ラーマクリシュナの生涯(27)「ドッキネッショルを訪れた様々な修行者たち」②

◎ラーマ派のサードゥたち

「あるラーマ派のサードゥがやってきたことがあった。神の御名に絶対の信仰を持っていた。水差しと一冊の本しか持っていなかった。その本が彼の宝物だったのだよ。毎日その本に花を供えて礼拝し、時折丁寧に開いていた。知り合いになってから、その本を見せてくれと頼んだのだよ。ところが開いてみるとどのページにも太い赤い文字で『オーム・ラーマ』の同じ二文字が書かれているだけだったのだ。
 彼は言った。
『たくさんの書物を読んで何になりましょう。神こそはヴェーダ、プラーナその他の聖典の源であり、神と神の御名は一つです。ですから、四つのヴェーダ、18のプラーナなどの聖典はすべて神の御名の内に含まれているのです。私はこれで満足しているのです。』
 あの出家修行者は神の御名にたいそうな信仰を持っていたのだよ。」

 多くのラーマ派のサードゥがドッキネッショルを訪れた。そしてそれらについて、後にラーマクリシュナはよく弟子たちに語っていたという。また、ラーマクリシュナは時々、彼らに教わったという賛歌を歌った。たとえば次のようなものである。

「おお心よ、お前はまだ私のラーマに気づいていない。
 それでは何を見たのか?
 それでは何を知ったのか?
 ラーマの御名の至福を味わう人はサードゥだ。
 だが感覚の喜びを味わうのは誰だ?
 王家をマーヤーから救い出す人こそ真の息子
 他の息子たちに何の用があろうか?」

「シーターの主、ラグの長にしてアヨーディヤーの王子
 ラーマチャンドラの栄光を歌え。
 二人とおられないお方。
 その笑みとお言葉の甘美なこと。そのいたずらっぽい甘美な足取り。
 そのお顔、大きな瞳、その鼻の美なるかな。
 弓のごとき眉、そして額の印。
 サフラン香を塗られた額は朝日のように輝く。
 まばゆい耳輪をつけた彼は愛の神。
 首飾りの真珠は広い胸に星々のごとくきらめく。
 山々を流れ下るガンガーのごとくきらめく。
 ラグ王朝の英雄がサラユ川の岸を、
 友を連れ立って歩いている。
 そのお姿にトゥルシーダースは歓喜する。
 そしてその御足の塵を求める。」

「この世にあって、ラーマを礼拝する者は、真に生きる者。
 彼を求める者こそ、真に生きる者。」

「ラーマのほかに、私を救えるお方はいない。」

 また、時折ラーマクリシュナは、ラーマ派のサードゥたちから聞いた対句などを引用して、弟子たちに教えを説いた。たとえば次のようにである。

「サードゥたちは、『盗み、不義、嘘の三つの罪から身を守らねばならない』といつも助言していた。
 トゥルシーダースが対句の中で言っていることを聞きなさい。
『誠実、従順で、強欲でない者は、神を悟る、とトゥルシーダースは保証する。』
『誠実と従順、そして女に対する息子の態度によって神に至らなければ、トゥルシーダースを嘘つきと呼ぶがよい。』
 従順とは何か? それは謙虚であることだ。真の謙虚さが養われると、エゴは破壊されて神を悟る。カビールの歌にもある。
『主ラーマには、奉仕、礼拝、謙遜をもって容易に至ることができる。兄弟よ、喜びに満ちて神にすがりつきなさい。』」

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