要約「スートラ・サムッチャヤ」(1)
要約「スートラ・サムッチャヤ」
人間の体は受け難い。
しかし私は今それを受けている。
ブッダのダルマは聞き難い。
しかし私は今それを聞いている。
この身体、今生のこのチャンスにおいて解脱しなければ、
さらにいずれかの生において解脱することは難しい。
私は衆生とともに、三宝に心から帰依したてまつります。
私はブッダに帰依したてまつります。
衆生とともに、菩薩の道を理解して、無上の菩提心を発こします。
私はダルマに帰依したてまつります。
願わくば衆生とともに、深くダルマを理解して、智慧の海の如くになりますように。
私はサンガに帰依したてまつります。
願わくば衆生とともに、苦しむ衆生を導き、すべての障害を取り除きますように。
如来、最高の正覚者たちが世に出現することは稀である。それはウドゥンバラの花の如くである。
そして衆生が人間として生まれることもまた稀であり、人間として生まれた者が如来に出会うということは非常に稀なのである。
お釈迦様は、次のように説かれている。
「世尊はこうお説きになった。
『もろもろのビックよ。たとえばこの大地がすべて水で覆われているとしよう。その水の中に、ある人が、穴のあいたくびきを捨てたとする。そのくびきは、東の風が吹けば西に流され、西の風が吹けば東に流される。北の風が吹けば南に流され、南の風が吹けば北に流される。
その水の中に、盲目の亀が住んでいた。およそ百年に一度、その盲目の亀が水面に出現するとする。
ビックたちよ、このことをどのように考えるか。百年に一度水面に顔を出した盲目の亀は、水面をただようそのくびきと出会い、その穴に首を入れるであろうか。』
ビックたちは答えた。
『尊師よ、その盲目の亀がそのくびきの穴に偶然首を入れることは、大変まれなことであり、得難いことであります。』
世尊はこうお説きになった。
『ビックたちよ。このように、人としてこの世に生まれることは実に得難い。そしてもろもろの如来が世間に出現し、悟りを得て、法を説くことは、実に得難いのである。』」