純粋な愛、友情、帰依、慈悲
依存や執着やとらわれや期待や欲求のない、愛や友情。ただ相手の幸せを願い、与えたいと思う気持ち。
それのみが、真に幸福な社会を作ることだろう。
同様に、神や師に対する姿勢も、期待や欲求を一切入れずに、ただ一方的にささげさせていただく献身の気持ちが大事だ。
それによって、恩寵はストレートにそそがれる。
ただ神や師に対しては、良い意味での執着やとらわれは持つべきだ。良い意味というのは、欲求や期待を持たず、果報も求めない姿勢を持ったうえで、ただ一方的な献身の気持ちのみで、そこだけを心をつなぎとめる場所にするということだ。
それによって、純粋なバクティの世界が現出するだろう。
また、菩薩道を行く場合、自分が導いたり救済しようと思う衆生に対しても、一切の依存や執着やとらわれや期待や欲求を持ってはいけない。それらを持たずに、ただひたすら、愛を与え続けるのだ。
このような者たちには、一切の苦しみはない。
相手が苦しんでいることに対する慈悲から来る悲痛はあるが、自分自身のことに関する悲痛は一切ない。
何も望んでいないのだから。