歓喜の種
わたしは普段から、何もしないでも歓喜につつまれています。歓喜というのは抽象的な意味ではなく、物理的に体中、あるいは頭や体の奥のほうが歓喜なんです。気絶しそうなほどの歓喜を感じることもあります。もちろん、心も喜びで充実し、満たされています。
しかし、ヨーガ教室その他で、人と連続で接する時間が長くなればなるほど、歓喜は減り、疲れや痛みが出てきます。
そして自分の修行をしたり、あるいは修行しないでも一人でいる時間が長くなるほど、歓喜は復活し、安定してきます。
ところで、人と接して歓喜が減るということは、数学的に、わたしの歓喜が相手に移行しているということです。それは相手が自覚できるかどうかは別として、【歓喜の種】のようなものが、相手に移行します。
ですから、これはとても良いことです。
これはカッコをつけて言っているわけではなくて、私自身にとっても良いことなんです。
相手に【歓喜の種】を分け与えると、一時的にわたしの歓喜は減りますが、【カルマの法則】からいって、後には、わたしの中の【歓喜の種】が、以前よりもかえって増えてしまうのです! これは今までに実体験しているので、間違いありません。
正しく本格的なヨーガ修行は、この歓喜の種を育て、実際に歓喜につつまれた体、そして安らぎに満ちた、広く安定した心を形成していくでしょう。
だからわたしは、ヨーガ教室の生徒さんたちが苦悩から解放されていく姿を見るにつけ、思うのです。本当に、本格的なヨーガ修行が、もっと世の中に広まってほしいなと。そうすれば多くの人の悩みは消え、人生は歓喜に満ち、変な犯罪も減るでしょうにと。
今、ヨーガの道に足を踏み入れている方々は、ぜひ自分の中の【歓喜の種】を育て、周りに振りまいていってほしいと思います。
まあ、そのためにはまずは自己の修行ですけどね。