意志なき慈悲の権化
忍耐(忍辱)の修行は素晴らしい。
悪業を浄化し、
たるんだ心を引き締め、
慢心から目覚めさせ、
心を強くする。
しかしこの忍耐の修行を成立させるには、
忍耐の修行をするというこちら側の意志と、
自分を苦しめてくれる相手の存在が必要だ。
自分を苦しめてくれる相手は、
自分に忍耐の修行をさせようという慈愛の意志があるわけではない。
しかしそもそも、
われわれを救済してくれる偉大なるブッダも、
何の意志も、何の努力もなく、
慈悲の行為を行なうという。
その意味で、
同様に、そのような慈悲の意志もなく
敵役を買って出てくれる、
「自分を苦しめてくれる存在」は、
ブッダと同様にありがたく、
尊重すべき存在なのである。
私を苦しめてくれる者に感謝します。
あなたこそブッダの慈悲の働きの権化です。
-
前の記事
自己の放棄と確信 -
次の記事
アーサナ5 蓮華座の魚のアーサナ