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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(67)

◎パトゥルが自分の教えを説かれる

 パトゥルはカトクに行き、カトク・クンブム(カトクの十万の像)のストゥーパを回って功徳を積むことにした。この場所は、カダムパ・デシェクが見た、巨大な石の中に数十万のヴァジュラサットヴァが溶け込んでいったというヴィジョンを讃えて名づけられた。これらの多くのストゥーパの中には、「三人のブム」と呼ばれている三つのストゥーパがあった。そこには、カトク家の三人の家長――イェーシェー・ブム、ドルジェ・ブム、チャンチュプ・ブム――の遺骨が納められていた。
 ただの放浪ラマに見えるパトゥルは、一日中それらのストゥーパの周りを回っていたが、誰も彼のことを気に留める者はいなかった。
 このみすぼらしい放浪ラマが、それぞれのストゥーパの前で止まって、頭をその中に突っ込みながら、何かぶつぶつと唱えていることに何人かの人が気づいていた。彼にとって、それは日常のことであった。

 最初にそこに到着したとき、パトゥルはギャロン出身の老人ラマと一緒に泊まった。そのラマがどこから来たのか聞いてきたので、パトゥルはダチュカから来たと話した。パトゥルは、この神聖な場所の祝福を受けるためにクンブムで巡礼をしていると言った。

「何か教えを受けたことがありますかな?」

 ギャロンの老人ラマがパトゥルに尋ねた。

 パトゥルは答えた。

「そんなに多くは受けていませんが、入菩提行論とその他にいくつかの教えは受けました。そのくらいのものです。」

 老人ラマがパトゥルに言った。

「あなたの心は善に傾倒しているようですね。遠くからやって来られたということは、あなたはきっと勤勉な修行者に違いありません。もしわたしがあなたにダルマを教えるといったら、興味はありますか?」

「ア・ホー!」

 パトゥルは言った。

「もちろん、興味ありますとも! ダルマと必要としてない者などおりますか?」

 老人ラマは言った。

「偉大なるザ・パトゥル・リンポチェが著された、クンサン・ラメ・シェルン(我が完璧なる師の教え【クンサン・サマの教え】)と呼ばれる教えがあります。
 この素晴らしい経典は、前行について解説しており、非常に有名なものなのですよ。きっと、あなたの大いなる助けになるでしょう。正しい態度、正しい理解を持たずに祈りを捧げ、ストゥーパの周りを回ったとしても、その努力が多くの利益をもたらしてくれることはないでしょう。」

「アーディ!」

 パトゥルは叫んだ。

「まさに、それはわたしに必要な教えです。どうか、その教えをわたしにお授けください!」

 こうして、毎日毎日、一章ずつ、そのギャロンの老人ラマはパトゥルに、クンサン・ラメ・シェルン【クンサン・ラマの教え】を説いた。ときどき、一見世間知らずの無学に見えるパトゥルは、その経典について、非常に深い洞察力のある質問をした。老人ラマは、この無学の人物からそのような鋭い意見を聞いて当惑した。
 老人ラマが経典を半分説き終わると、パトゥルはギャロンのラマの家を出て隣の家に行き、そこの老婆と共に暮らした。毎朝、パトゥルはストゥーパの周りを回りに出掛けた。そして毎日、正午になると、ギャロンのラマのところへ行き、教えを受けた。そして夕暮れ時になると、老婆の家に戻っていった。
 その老婆はパトゥル・リンポチェのことについて聞いたことがあり、信仰心を抱いていた。老婆は夕方にお茶を作りながら、「わたしのことを思ってください、パトゥル・リンポチェよ! 私はあなたの手の中におります!」と言って、熱心な祈りを捧げていた。

 ある晩、パトゥルは老婆にこう言った。

「お母さん、チベットには至るところに多くの聖者がいます! ここカトクには、過去に多くの悟りを開いたラマが現われ、今でも多くの高位のラマがここに住んでいます。なぜ、そのパトゥルとかいうやつに祈りを捧げるのですか? その者は特別な聖者か何かなのですか?」

 老婆は答えた。

「ええ、そうです! 最近では彼以上の聖者はいません。カトクの人々の多くは、前行の修行について説かれた彼の教えに従っています。こんな私でも、その教えを聞いたことがあるのですよ。」

 信仰に心を動かされた老婆は、敬意を表わして手を合わせた。

 しかし、いたずら好きのパトゥルは、そんなことでは怯まなかった。

「あなたの話を聞いていると、」

 パトゥルは挑発的に続けた。

「あなたが話すそのパトゥルという者の評判は、誇張されているように思えます! そやつはおそらく、何の素晴らしい特徴も、尊ばれるべきものも持っていない、単なる老いぼれた放浪ラマに違いありません!」

「あんたは、なんという邪悪な心を持っているの!」

 敬虔な老婆は怒鳴った。

「パトゥル・リンポチェを『単なる老いぼれた放浪ラマ』と呼ぶだなんて、どうしてそんな邪悪な考えを抱けるのですか!」

 パトゥルは何も言わなかった。

 その後、ダチュカから数人の巡礼者がカトクに到着し、ストゥーパの周りを回っていた。そこで、一人のみすぼらしい放浪ラマがストゥーパの周りを回っているのを目撃した。同郷者であったので、巡礼者たちは即座にそれがパトゥルだということに気づき、 嬉しくなって「アブ! アブではありませんか!」と叫び、皆、恭しく礼拝し始めた。
 パトゥルはまったく不愉快な気持ちになって、ダチュカの巡礼者たちを叱ってこう言った。

「今までここに静かに暮らしながら功徳を積むことができていたというのに。まったくそんなことをする必要などなかったのに、君たちは皆に、『パトゥルがここにいる! ここにパトゥルがいる!』と言いふらしてしまった! このせいで、きっとわたしの寂静は破られてしまうだろう!」

 まさに彼が予想したように、瞬く間に、偉大なるパトゥル・リンポチェがやって来たという噂がカトク中に広まったが、パトゥルの実際の居場所を正確に知っている者は誰もいなかった。

 パトゥルがいつものように、午後の教えを受けるために老人ラマの家に来ると、ラマは興奮してこう言った。

「おい、皆がパトゥル・リンポチェがこの地にいらっしゃったと言っている! パトゥル・リンポチェご本人がいらっしゃったのだよ!」

 パトゥルはこの知らせを聞いても喜ばなかった。

 その日の夕方、いつものようにパトゥルは老婆の家に戻った。老婆も興奮してパトゥルに言った。

「パトゥル・リンポチェがこの地にいらっしゃったのです! 想像できますか?」
 
「そんなに興奮することはありませんよ!」

 パトゥルは嘲り笑った。

「そのパトゥル・リンポチェとかいう人の、何がそんなに特別なのですか? ただの放浪ラマでしょう。カトクの偉大なラマたちに祈りを捧げる方が遥かに良いです!」

 老婆は再び非常に心を乱して、もう少しでパトゥルを殴りつけるところであった。老婆は激しくパトゥルを罵って言った。

「恥知らずな人! どうしてそんなことを言うのですか? ブッダそのものであるパトゥルがあなたのところへやって来たとしても、あなたは微塵の信仰心も感じないのでしょうね! 『老いた放浪ラマ』として片づけてしまうのでしょうね! なんて卑劣な男なの!」

 パトゥルは何も言わなかった。
 この後間もなくして、パトゥルはついに見つかってしまった。カトクの二人の高僧ラマ、ティメー・シンキョンとカトク・シトゥは、カトク僧院で入菩提行論を説いてくれるよう正式に彼を招いた。
 敬虔な老婆はこの知らせを聞いて、長い間ずっと祈りを捧げ続けてきた聖者に、遂に会うことができるのだと歓喜した 。

 翌朝、説法会を皆に知らせる鐘が鳴った。
 パトゥルは、いつもの周行に行くかのように、午前中のいつもの時間に老婆の家を出た。
 老婆は急いで僧院に向かった。そこで老婆は、しばらくの間面倒を見てきたあのみすぼらしい放浪ラマが法座に座っているのを見た。
 彼女は羞恥心に圧倒され、パトゥルの足元にひれ伏し、泣き叫んだ。

「わたしは何という悪いカルマを積んでしまったのでしょう!  わたしは、あなたを罵り、あなたを殴りつけようとしてしまいました! わたしはきっと地獄に生まれ変わるでしょう!  わたしの懺悔を受け入れてください! この悪行を浄化するためならば、あなたから言われたことは何でもいたします!」

「何も間違ったことはしていませんよ。」

 パトゥルは優しく老婆を安心させた。

「何も懺悔する必要はありません。心配しないでください。あなたは純粋な心を持っています。善き心は、すべてのダルマの根です。実のところ、それこそが、わたしが今説いている入菩提行論のエッセンスなのです。それが、人々に必要なもののすべてです。」

 パトゥルは説法を始めた。パトゥルが教えを説いていると、ギャロンの老人ラマも、彼の信心深い弟子――彼が毎日一章ずつクンサン・ラマの教えを教えてきた、すみぼらしい放浪ラマ――が、その著者パトゥル・リンポチェご自身であったということに気づいたのである。
 その哀れなラマはあまりに恥じ入りすぎて、何も告げずに、生まれ故郷のギャルモ・ロンに向けて旅立ってしまった。あまりに突然のことだったので、パトゥルも誰も彼を止めることができなかった。

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